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2013/09/28

シニグの因数分解 1

 シニグをその源流に遡及してみようとする時、徳之島の民俗学者、松山光秀の「私のコーラル文化論」の視点には、強い示唆が含まれているのを感じる。

 ここでフウゴモイの付近一帯の状況も説明しておきたい。すぐ隣にはネィラの神が祭りの浜にやってくるときの目印にしたというタンギャ(立石)が聳え立っておりイマ(原文ママ)、その隣には祭りのときに神々に供え物をしたという岩陰があり、さらにその隣にはユウムチゴモイ(砂の入り具合いによって次の年の豊凶を占うところ)があって、シマ一番の、水稲の収穫感謝の夏の折目の祭りのときに心臓部を演じたところである。このような重要な祭祀場の一角にシュクの捕り始めの儀礼の行われるフウゴモイがセットされる形で設定されていたことに注目したい。水稲文化は人々の目に見えるシュクの寄りという自然現象の媒介によって、はるか彼方のネィラと結ばれていたと言えよう。人々の夢がふくらんでいったのも無理からぬことだと考えられる。(『徳之島の民俗〈2〉コーラルの海のめぐみ』2004年、P.54)

Huugomoi_2

 左右どちらへの展開かは分からないものの、フウゴモイ、立石、岩陰、ユウムチゴモイの位置関係は上図のようになる。松山は、稲作の祭儀とスク(シュク、与論のイューガマ)の祭儀の場が近接しており、かつ、スクの到来と水稲の収穫の時期が一致していることに着目し、稲作という新しい生産物が、それまでの生産物とそこにあった信仰とに結びついていることに、島人の「夢がふくら」む根拠を見ている。

 ぼくたちの視点から言っても、「夢がふくら」むように胸が躍るのは、祭儀の場所と時間の同一性によって、漁撈の収穫祭と稲作の収穫祭が接ぎ木されるのを見るからだ。言い換えれば、シニグの原型は、この祭儀の場所と時間の同一性によって、漁撈の収穫祭に遡行できるのではないかと思える。徳之島ではシニグは行われているわけではないが、稲作の収穫祭という意味では、「夏の折目」とシニグは同型と見なせるものだ。

 松山が、「私のコーラル文化論」のなかで、上記のことを「南海日日新聞」に発表したのは1992年だが、その前年に『南島文学発生論』を上梓した谷川健一は、伊計、宮城、浜比嘉で行われるシニグ祭の日が、スクの寄ってくる日でもあること、安田のシニグで、仮装の男たちが山の頂と降りる際、降りた後に唱える「スクナレー」という言葉が、「スク直れ」か「スク魚寄れ」に由来すると考えて、

 シヌグはまさしくスクの寄ってくるのを待ちうけた人たちの予祝祭であり、感謝祭でもあった。(p.402)

 と書いている。

 ぼくは『南島文学発生論』が出版された当時、谷川の(シニグ)=(スクの予祝祭)という仮説が突拍子もないものに思えたが、松山から、時間だけではなく、場所の同一性によっても稲作と漁撈とがつながるという示唆を受け取ると、この仮説が俄然、説得力を帯びて迫ってくる。

 与論のシニグは、スク(イューガマ)予祝祭の意味は無くなっている。けれど、稲作(五穀)の意味だけに限られているわけでもない。

 「うくやま ぴどやまぬぬ ししぬ まーまんなー」(奥山辺戸山の猪の真中)
 
 と、ショウのサークラでは、大峯山から沖縄に向かって行う弓引きがシニグに内包されていて、狩猟の予祝を示唆しているのを見れば、シニグは、狩猟、漁撈、稲作に関わらず、収穫の予祝を意味するものだと思われる。松山の視点やショーのサークラの弓引きは、シニグが稲作に限らず、その前に遡行できるものであることを示すものだ。そして、その原型の場では、シニグは、シニグとは呼ばれていなかったに違いない。

 興味深いことに、同じ時期に発表された松山の『徳之島の民俗〈2〉コーラルの海のめぐみ』2004年、P.54)と、谷川の『南島文学発生論』は、予祝祭のピークを「踊り」に見ている点も共通している。

 人々の喜びが爆発するのは旧六月中旬のカノエの日柄に執り行われる稔りの稲穂の刈取り始めの儀礼、シキュマの日だ。ワクサイからの解放感も手伝って、人々の喜びは最高潮に達したという。この日の前夜、人々は集落内の祭りの広場で夜を徹して踊り狂った。(松山、p.58)
 その踊りも「うちはれ」の祭のように奔放な踊りであって、十八世紀前半の女流歌人恩納なべにシヌグ遊びの禁止されたことを恨む琉歌があることから分かるように、それは男女の性的昂奮を爆発させるものであった。シヌグ祭の放埓な踊りの背景には旧の六月二十八日頃から寄ってくるスクの大群があった。それを待望して歓喜するのがシヌグであり、ウンジャミであったと私は考える。(谷川、p.403)

 さらに興味深いのは、踊りで表出される歓喜を二人とも「爆発」と表現していることだ。

 ぼくたちの関心に従えば、歓喜が爆発する踊りは、与論シニグの原型の要素に想定してもよいものだと思える。


 (与論シニグ)∋{(踊り),(予祝(狩猟・漁撈・稲作))}


『徳之島の民俗〈2〉コーラルの海のめぐみ』

『南島文学発生論』

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