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2013/06/28

いま、奄美が語れること

 今年のカルチュラル・タイフーンの奄美セッションのテーマは、「奄美の復帰60年–なにが検証されてきたのかを問う」、だ。

 パネラーとして参加するに当たり、主催の大橋愛由等さんから、発表骨子の依頼があり、書いてみた。制限は千文字なので、圧縮する必要があるけれど、準備稿として、記しておきたい。


 「いま、奄美に語れること」

 近年、安全保障を核としたアメリカに対する日本の属国性が露わになり、ぼくたちを捉えている思考枠がよく見えるようになってきた。アメリカと日本という対は、日本と沖縄、奄美と鹿児島の対とパラレルに見なされやすい。沖縄は基地負担を巡って日本に対立している。奄美は1609年以降の歴史を巡って鹿児島と対立している。しかし、日本がそもそもアメリカの属国ならばどうすることもできない。沖縄はまだ国家相手だから主張のし甲斐もことの切実さも大きいが、こと奄美の場合、鹿児島という地方自治体が相手であり、取り上げられることも少ない。天辺の屋根がどうしようもない。沖縄的な主題を持つわけでもない。県内で主導権を持つわけでもない。この同心円的な三層構造のなかで、奄美はお馴染みの思考の萎縮、停止、諦念という泥濘に沈み込んでゆくのだ。しかし、もうこの構造を元にする限りどこへもゆけないのではないか。

 祝、奄美復帰60周年と言う。何が祝なのか。何を祝うというのか。「異民族支配からの脱却を獲得した民族自決の祖国復帰」というなら、それは先の思考枠をなぞったものに過ぎない。奄美の復帰に課題があるとしたら、この復帰神話の解体がなされなければならないのである。

 この課題に対して、弓削政巳をはじめとした、古代から近代にわたる歴史検証は問わず語りの解体工事を担っている。なかでも、町健次郎の「奄美大島開闢神話の民俗学的研究」は、奄美の知識人による日本神話への接続操作を辿るもので、復帰の理論的支柱になった日奄同祖論のからくりに正面から向き合ったものだ。

 ぼくの観点からは、復帰の課題とは、泉芳朗の詩の「日の丸」の無垢さに象徴されるように、奄美が敗戦の意味を受け取り損ねていることに尽きる。しかし、求められているのは、泉芳朗、昇曙夢の営為に手放しに敬意を払うことではなく、彼らの営為を克服することだ。祝うべきことは、「異民族支配からの脱却を獲得した民族自決の祖国復帰」なのではない、着るもの食べるものを巡る生活権の獲得というささやかなことなのだ。この認識が無ければ、村上春樹の「1Q84」になぞらえると、奄美は160Q以降、違う現実を生きたままなのである。これでは、復帰を祝ったとして、それは奄美、大島以外の人の心に届くことはないだろう。

 一方、ぼくたちは、国家主義者がグローバリズムを進めるという奇妙な事態に立ち会っている。ここへきて松島泰勝を中心にした琉球の独立という琉球ナショナリズムは別の相貌を持つ。日本の沖縄差別は止まない、ならば独立しよう。という以外に、もう国民を守る国家が無くなりつつある。ならば自分たちで守ろうという側面を照らすからである。

 いま、奄美が語れることは何か。相互扶助を元にした地域共同体のよさ、国家が国民の生活を守るというよさを語ること。ここでなら、復帰の意味は現在的な意味を持って蘇ってくる。それが160Qからの復帰ではなく同期を果たし、危うい動向へ抗う力を持つことになるのではないか。

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