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2013/01/21

旅人 鴨志田穣

 「家内」に「どこでもいいから早く出てゆき」と言われ、「売り言葉に買い言葉」、「わかったよ、よそでガブガブ飲んで来てやるよ」と家出したはいいが、行く当てとてない。ひょんなことから、西の端っこまで行ってやろうと思い決めた鴨志田は与論島に立ち寄る。この、男ならではかもしれない退路につぐ退路、落ちることに歯止めの効かない、つげ義春にも似た自滅行の行く先に与論島も選ばれた。

 奄美本島へ着岸し、車のスピードを上げ、空港へと向う。
 与論島への最終便に乗る事が出来た。
 与論に観光客は全くと言っていいほどいない。
 日本の端は沖縄に変ってしまったからだった。
 どうしよう。鹿児島の先っぽまでは来てしまった。
 それにしても寂しい。
 メシもことごとくまずい。(鴨志田穣『日本はじっこ自滅旅』2005年)

 鴨志田が島に立ち寄ったのは、2003年ごろだと思われるからそう昔のことではない。島の名誉のために言っておけば、「メシもことごとくまずい」ことはない。最近、ずいぶん美味しい店が増えたと思う。

 茶花では、郵便局近くの「ふらいぱん」、イタリアンの「アマン」にフランス料理の「地中海」、美味しい珈琲を淹れてくれる「Cafeチカ」に「海カフェ」。ベトナム珈琲が飲める「みじらしゃん」、映画『めがね』の舞台になったビレッジの食堂。プリシア・リゾートの「ピキ」、空港近くでもずくそばを出してくれる「蒼い珊瑚礁」、島の北部の「たら」。昔に比べたら素直に美味しいと思える店が増えたのだ。

 まぁ、けれど、鴨志田の「メシもことごとくまずい」、この言い切りは好きだ。
 鴨志田は居酒屋で「おやじ」に絡まれるが、絡まれるだけでなく、「与論は日本ですか、それとも琉球ですか」と本質的な問いをぶつけている。

 居酒屋の壁に三匹、やもりがテロチロと虫を捕らえようとうごめいている。 「チチチッ」  と鳴いた。  声を聞いていると日本なのか、東南アジアのどこかにいるのか判然としなくなってくる。  おやじに聞いた。 「与論は日本ですか、それとも琉球ですか」  しばらく宙を見つめるおやじ。 「夏の甲子園は絶対沖縄の高校を応援しとるな」  どうやら無辺際まで来てしまったようだ。  もっと西まで行くしかないのだな。(同前掲)

 「夏の甲子園は絶対沖縄の高校を応援しとるな」という「おやじ」の呟きは与論心情をよく言い当てていると思う。このひと言を呼び寄せただけでも、与論に立ち寄ったと言える台詞だ。「チチチッ」とヤモリの鳴き声も捉えて聞くべき音も逃していない。

 この、「夏の甲子園は絶対沖縄の高校を応援しとるな」という与論心情は、鴨志田が奄美大島で聞いた台詞と対比させると、その背景がよく浮かび上がってくる。

 客が誰もいなくなった店で、三人でウィスキーのロックを飲み乾した。
 「じゃあ、もう一つだけ質問。自分達は鹿児島人ですか、それとも沖縄人でしょうか」
 「奄美人です」
 と母親はきっぱりと答えた。
 「でも沖縄の人の心は判りやすい」
 とも言った。(同前掲)

 奄美大島では、「鹿児島人ですか、それとも沖縄人でしょうか」と問い、与論島では「日本ですか、それとも琉球ですか」と問う、この問い方のセンスには感心するのだが、ぼくが与論心情と言いたいのは、「鹿児島人ですか、それとも沖縄人でしょうか」と聞かれ、大島の「母親」のように、「奄美人です」のように、「与論人」と言うよりは、「どちらかといえば沖縄人でしょう」と答えるだろうことにある。もちろん、「与論人(ゆんぬんちゅ)」という強固な確信は持っているのだが、「鹿児島」、「沖縄」と同列に並べたときに、そこに「与論」を対置するのにためらいが過ぎる。それだけの大きさ多さはなく、主張するほどでもないという気持ちに傾くのが与論だろうと思う。

「旅人 3」

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コメント

 喜山さん、明けましておめでとうございます。
 遅ればせながらなんですが、うちは旧正月ですので(笑)。
 今年もハッ!とする文章に期待していますよ。

 ところで、昨夜のNHKBSプレミアムで、映画『めがね』やってましたね。
 冒頭の与論空港のシーンで、主人公が乗って来た旅客機が琉球エアコミューターのボンバルディア機でしたから、那覇経由なのでしょう。那覇のRAC待合室は与論の方でいつもいっぱいですよ。

 で、この映画。。。与論の空気がそうさせると思うんですが、カテゴリー的には「琉球ムービー」に入れてイイと思いますね。時々映る沖縄島北端の島影についつい目が行ってしまいます。

 与論には仕事でお邪魔したことがあるんですけどね、たまたま鹿児島県の中学女子バレーの大会があって、その際の沖縄からの招待チームとの交流試合では、ほとんどの観客が沖縄応援だったのを思い出しました。まあ、町長さんや教育委員会は鹿児島側の応援席でしたけどね(笑)
 同じような感じで、" 高校野球は沖縄チームを応援" ということなのでしょうか、たぶん甲子園のアルプススタンドもそうなのでしょう。興南高校優勝の夏の甲子園では関西奄美郷友会の方々の大勢応援してましたよ。

 なんか、この頃つくずく思うんですけど、我々琉球文化圏は沖縄県と鹿児島県によって分断されていると認識するほうが次のステップに進めるんじゃないかと。。。ワンの本音は道州制議論さえもほっといて、とっとと一緒になったほうが奄美沖縄双方にとってメリットがあるように思えますね。

 今年の時々お邪魔します。よろしくお願いします。

投稿: 琉球松 | 2013/01/22 09:53

琉球松さん

これ以上はないと言うほどの遅いお返事、ごめんなさい。

はい、「めがね」は琉球ムービーですね。ぼくも小さい頃の応援順は、沖縄、鹿児島の順でした。誰に教わるわけでもなく、沖縄を応援していましたね。

投稿: 喜山 | 2013/06/28 13:14

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