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2012/10/29

裾礁型サンゴ礁の類型化

 「地形的特徴と海水循環流構造特性に基づく裾礁型サンゴ礁の類型化」が試みているのは、サンゴ礁を「保全・管理」するために「負荷量の把握のみならず、河口等を介し海域へ供給される負荷物質がサンゴ礁海域内、特に礁池内でどのような挙動を示すかを把握する」ために裾礁を類型化することだ。

 キーワードになっているのは、reef-cell と wave set-up。

 reef-cell は、「海水循環流構造」のことで、裾礁内でどのように海水が循環しているかを示すもの。そのreef-cell を引き起こすのが、wave set-up。 wave set-upは、「礁嶺での砕波によって引き起こされる」波の前進のことだと思われる。

 研究者たちによれば、これによる裾礁は四つに類型化される。

1.礁嶺型海岸 ・波当たりが比較的強い海岸によく見られる。 ・礁嶺の発達は良いが、海岸線から礁縁までの距離が小さく、礁池の発達が悪いか礁池が存在しない海域

2.礁嶺-礁池型海岸
・波当たりが比較的強い海域で確認できる
・礁嶺の発達も良く、礁嶺の内側に礁池を有する
・礁池と外洋とは、発達した礁嶺によって明瞭に区分でき、チャネル(沖縄での呼称を「クチ」と言う)を有する

3.平坦礁原型海岸
・波当たりが比較的弱い海域で確認できる
・礁池(主に砂場)と礁原(サンゴが生息できる岩盤帯)が明確に区分できない

4.準礁湖型海岸
・波当たりが比較的悪い海域で確認できる
・沖合いに離礁群が確認でき、海岸と離礁の間には礁池以外に礁湖的なくぼみが見られる

5.V字谷型海岸
・断層や沈水谷によって形成されたと思われる湾入部と岬に挟まれた海域
・最湾奥には河口が接続している

 たとえば、「礁嶺型海岸」は、沖縄のやんばる。「礁嶺-礁池型海岸」は、石垣島の東側。「平坦礁原型海岸」は、宮古島の西岸南側。「準礁湖型海岸」は、西表島の北岸。「V字谷型海岸」は、西表島の西岸。などが典型。

 これらのリーフ地形特性により、wave set-up の空間的なコントラストが生じ、それによって地形的特性に対応したreef-cell が形成される。

 わが与論島は、多くが「礁嶺-礁池型海岸」で構成され、南岸に「礁嶺型海岸」を持つ。これらがサンゴ礁の「保全・管理」を見通すための基礎類型だということになる。

 論文はここまでなので、これがどのように生かされるかを知りたいところだが、備忘のためメモしておく。(「地形的特徴と海水循環流構造特性に基づく裾礁型サンゴ礁の類型化」2011。金城孝一・有田和宏・灘岡和夫・仲宗根一哉)。

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2012/10/15

「試行」での原発問題への発言を振り返って

 福島の原発事故が起きる12年前の1989年2月、吉本隆明は「試行」において原発問題について4つの層で検討している。

 1つ目jは「安全性の層」。
 吉本は技術者が技術者として議論している大前研一の『加算混合の発想』を引く形で安全性についてコメントしている。

 おれは少しも原発促進派ではない。だが原発を廃棄せよと主張するような根拠はどこにもない。ソ連原発事故のようなものは確率論的にはあと半世紀は起らない。半世紀も人命にかかわる事故が起こらない装置などほかにないし、航空機や乗用車事故よりも危険が多いとも思わない。大衆や婦女子の恐怖心に訴えるソフト・テロなど粉砕すべきだし、改廃を論議し市民の運動としたいなら大衆の理性と知性に訴えられなければ、そんなもの反動にすぎないのだ。

 そしてこう結論している。

 (1)の安全性について賛否をいえば、おれなら反原発運動に反対、原発促進にも積極的に同意する根拠と立場をもたない。だからといって原発促進に直ぐに賛成ということにはならない。それは一般大衆の場所と政府や原子力公団の場所との距離の遠さを無視することになるからだ。

 2つ目は「地域・経済・利害的な層」。これは工事を請け負った土建業、公団の利益と地域住民の危険感とを照らして、「おれならば、『反原発』ないし『地域管理原発』を主張したいのはこの問題の層だけだ」としている。

 3つ目は「科学技術的な層」。これについては、「原発の科学技術的な安全性の課題を解決するのもまた科学技術だ」ということから、「おれは科学技術的な層の問題として原子力発電(所)が存在することに賛成だ」とする。

 4つ目は、「文明史的な層」。文明史の到達点としての原発を否定するのは、いいかえれば焼石や水片マサツ、風車や水車から蒸気機関というようなエネルギー獲得の手段として原子力発電(所)をみたばあい、これに反対するのは人類の文明史にたいする蒙昧と反動だ」として、「疑問の余地はない」としている。

 ぼくもこの見解に倣ってきたけれど、12年後の2011年に事実としてこの考察と決定的に異なる事故が起きてしまった。「確率論的にはあと半世紀は起らない」と見なされた事故が当の国内で起きてしまった。ことが起きてしまえば、反原発は「大衆の理性と知性に訴え」た市民運動として組織されるべきだった。そう言えるのだと思う。

 これを読んでも吉本が原発推進派でないことは一目瞭然でその議論にはさまざまな層の含みがある。しかし、今は事実の重みから考え始めなければならない地点にぼくたちはいる。そのことを確認しておきたい。

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2012/10/14

「吉本隆明と3.11以後の思想」

 10月13日、新宿の都庁近く、新宿住友ビルの「朝日カルチャーセンター」に、加藤典洋の講演を聴きに行った。テーマは、「吉本隆明と3.11以後の思想」。吉本亡き後、どのように考えていけばよいのか、そのことが切実な者にとってはこのテーマはタイムリーだし、その場が吉本が『ハイ・イメージ論』で「多空間論」を展開したときにサンプルとして採った新宿の超高層ビル群のなかだったのには、ちょっとした感慨も覚えた。

 加藤は、亡くなった後に吉本の書いたものを読んでひとつの発見があったと語った。それは、大勢と違う発言はどこからくるのか、ということを巡ってのことだった。思い返すだけでも、安保反対の理由、転向の定義、「反核」異論、反原発運動異論、オウム真理教をめぐる発言、そしてこのたびの原発事故をめぐる発言と、大勢とは異なる発言を吉本は繰り返してきたし、その姿勢は最後の原発事故をめぐってのことまで変わることはなかった。一方で、その発言の根拠にはいつも分かりにくさが付きまとっていたように思う。その分かりにくさは、明瞭ではないという意味ではなく、吉本に見えているものがぼくたちには見えていないことからくるのではないかと思うときもあった。

 加藤は1959年に書かれた「戦後思想の政治思想」を読み、吉本が安保に反対する理由が大勢とは隔絶していることに驚く。大勢は、「もっぱら、条約だけをぬきだしてきて、民族の自立か従属か、戦争か平和かの問題が、安保改訂反対の基礎にすえられている」。吉本はこの論点に対して、「民族」、「国家」の枠組みそのものが戦前と変わらないのであって、この枠組みそのものが駄目だとして、石原慎太郎、大江健三郎を退けている。では吉本はどこにいるのか。

 安保改訂を、国家独占が社会体制を維持し、発展させるために打つ政治的な布石のひとつであり、政治支配を永続化させようとする試みであるという理解はまれである。したがって、基本的人権や生活権と背反するような国家意思には従う必要はないというブルジョワ民主主義的な認識をもとに統一戦線が組まれるのではなく(この後に先の引用文が続く-引用者注)

 たしか、別のところで吉本は安保改訂が日本の資本主義に異議を唱える最後の機会だと判断したといことを書いていたが、ここでの文脈に添えば、国家独占が政治支配を永続化させようとすることに異を唱える場所にいたことになる。これは、民族の独立や戦争と平和といった議論の立て方とは異質であり、むしろ「ブルジョワ民主主義的な認識」の方が近い。

 加藤は、民族や国家といった枠組みの立て方ではなく、関係を通して見る、あるいは社会の「構成」を見るという見方を吉本は持っていた。そして、前者ではなく後者から見ることを徹底してきた。それがあまりに基本的なことのために、自分たちは吉本の異論の場所が見えなかったのではないか。加藤のいう発見とは吉本の立ち位置のことだった。

 ただし、加藤自身は「民族や国家」といった枠組みで観る見方にも一定のリアリティがあり、自分は吉本ではないから、後者のみではなく、民族や国家といった枠組みと社会構成の両方で見ていくつもりだと付け加えることを忘れなかった。

 実は今回の講演の主旨はこう述べられていた。

 吉本隆明の思想が、 先端と始原への同時的かつ両方向的な追尋の姿勢のうちに、戦後とどう関わりながら、3.11以後の世界を考えるうえで示唆的、原理的なひろがりをもっていたかを学び直したいと思っています。その学び直しの芽になるような思考のユニットを、戦後との関わり、転向、言語論を基本に、先端方向にハイ・イメージ 論、始原方向にアフリカ的段階、母型論を見る射程のひろがりで、辿ってみる心づもりです。(講師・記)

 加藤は恐縮しながらも、今日ここまで述べることはできなかったが、このことを考えるために大事な発見があったので、そのことに触れたとして講演を締めくくった。ぼくもいくつもの刺激を受け取ったが、柄谷、竹田の試みのなかには、先端と始原を二方向性をみる視点が含まれているが、これは剽窃ではなく、吉本の思想的営為の蓄積があって生まれてきたものだという理解に深い共感を覚えた。今後の加藤の思想展開が楽しみである。


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