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2012/09/08

「琉球列島与論島の現成裾礁の地形発達」

 「琉球列島与論島の現成裾礁の地形発達」(1994年)が興味深い資料を提出している。その要旨はこう。

 現成サンゴ礁の堆積構造と地表形態の発達過程を理解するために、琉球列島与論島の現成サンゴ礁について、地形学的観察、潜水調査、音響測深および多孔浅層ボーリングなどの野外調査と採集資料の堆積学的分析と放射性炭素年代測定を行なった。現成裾礁は岸から海に向かって、砂浜または石灰岩の海食崖、礁池、礁嶺、縁溝-縁脚系、礁斜面の順に配列し、顕著な地形的帯状構造を示す。現成サンゴ礁での浅層ボーリングにより採集した資料の堆積物とサンゴ化石の分析により、現成サンゴ礁の構成物は礁嶺相、礁舗相、生物砕屑相、礁池相の4つに区分される。礁嶺相と礁舗相は現成サンゴ礁の堅固な枠組みを作り、未固結の生物砕屑相の上に堆積している。与論島の礁嶺は完新世中期以降における安定した海面に対応して、海面下3m付近から海面に向かって5,260年から3,230年前にかけて形成された。礁嶺の背後の礁舗はこの時期に礁池に向かって縁溝-縁脚系を形成しながら海側にも幅を広げた。これらの結果は与論島の現成裾礁の地形的帯状構造が最近の5,000年間に形成されてきたことを示している。(「琉球列島与論島の現成裾礁の地形発達」1994)

 専門用語にちんぷんかんぷんにならないために。

海食崖(かいしょくがい):波の浸食によってできた崖
礁池(しょうち):礁の内部
礁嶺(しょうれい):礁の最も沖側にある礁の高まり
縁溝-縁脚系(えんこうえんきゃくけい):谷と根の広がり
礁斜面(しょうしゃめん):礁嶺から海側にできる斜面
礁舗相(しょうほそう):礁嶺陸側のサンゴ礫やサンゴの分布する高まり部分
生物砕屑相(せいぶつさいせつそう):生物の粒子からなる部分

 本文のうち、興味を引く個所を翻訳してみる。 

 与論島の礁嶺の形成は、海面下3~3.5mから5260年前に始まった。そして礁池は遅くとも3600年前に海から分離した。礁嶺が海に向かって広がったのは3300年前、遅くとも2860年前で、たぶん現在も続いている。同時に、礁舗の陸へ向かった広がりは4670年前に始まり現在も続いている。こうして礁嶺はまず上へ、そして次に海と陸の相方に向かって成長した。(私訳)
 サンゴ礁形成の主な時期は、久米島(6500年前~5500年前)の方が与論島(5300年前~2800年前)より少し古い。そして礁嶺の上昇速度は久米島(3m/1000年)の方が与論島(1~3m/1000年)より速い。久米島の礁原の出現は2000年前。ほんの少し海面下にあるといっても、平均潮位を上回る礁原は与論島では観察されなかった。(私訳)
与論島の礁池は琉球列島の裾礁のなかでも最も幅が広い。(私訳)

 放射性炭素の年代測定によってかなり細かに年数が測定されているのに驚く。珊瑚礁としての与論島の隆起が始まったのが5260年前。この論文が1994年であることを踏まえると、現在からは5280年ほど前だということになる。礁池が海から分離したのは3600年前とされる。海面に姿を現したのはいつかということには言及されていないものの、礁池が海から分離するというのは、礁池を持った現在の島の形が作られたのが3600年前だということになる。これは、与論島が海面に到達したのは約3500年前とする管浩伸の「琉球列島におけるサンゴ礁の形成史」の考察とほぼ一致している。

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