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2012/02/12

『琉球独立への道』

 松島泰勝の『琉球独立への道』(2012年)を読み、沖縄の日本に対する心理的距離が修復不可能なほどに遠く隔たってしまっているのに気づく。松島は、日本とがんじがらめになってる「沖縄」という言葉を用いずに「琉球」という言葉を対置する。この言葉の選択そのものが日本と対で想起されることを嫌ったものだ。

 日本が沖縄に「植民地」を強いているという松島の主張は、パラレルにアメリカが日本に「属国」を強いているということを思い起こさせる。沖縄が日本に対して無力なのは日本がアメリカに対して無力であるのと同じである、というように。しかしよく聞くこの連想は思考停止を呼んでしまうが、そうしてしまえば、「属国」の象徴であり実体である米軍基地の多くを沖縄に強いていることから目をそらさせてしまう。しかし、日本が主権国家であるなら米軍基地は沖縄のみならず日本からも全面撤去されなければならないのは言うを待たないことであり、松島の怒りは至極、真っ当なものだ。

 松島が「沖縄」という言葉ではなく「琉球」と言うことには、与論島の者にとっては格別の意味がある。沖縄では含まれないが「琉球」なら奄美に対して開かれているからだ。だが、松島はその範囲は「沖縄県」と書いている。

その範囲は現在の沖縄県の島々とする。琉球文化圏という言葉もあるように、奄美諸島とは琉球王国時代に共通の歴史をもち、文化、気候、風土、動植物等において共通点を多くもっている。しかし、1609年の島津藩による琉球侵略以後、奄美諸島は島津藩の直轄領となり、王府の政治的影響力がほとんど及ばない地域となった。その後、鹿児島県の行政区域となり、戦後、激しい「復帰」運動を経て鹿児島県の一部となった。また奄美諸島には琉球王国により武力で王国内に編入された歴史がある。(p.ⅳ)

 この態度には、奄美の人からも「自分たちは含めないでくれ」と言われた背景も手伝っている。「奄美諸島は琉球王国により武力で王国内に編入された歴史がある」という言もまた、奄美大島の中から時折、聞こえてくる言葉だ。こう語られる時、琉球だけではなく、琉球、薩摩、アメリカがセットになることが多い。このどちらにも支配されてきた歴史がある、と。だが、個人的にも年長者からも具体的な被害を聞くことのない「琉球」による征討が、薩摩、アメリカと同等に語られるのは奇異なことであり、これは本来、立ち向かわなければいけない相手から目をそらすための方便に、ぼくには聞こえる。ともあれ、文化は近しいが歴史を異にするとよく言われる言葉を引くように、松島は独立構想の範疇に奄美を含めていない。また、こうも書いている。

さらに琉球では独立論者、独立党、独立に関する書籍、シンポジウム等が数多く存在するのに対して、奄美諸島では新元博文の主張を除いて独立論が多くないという状況もある。

 ここはぼくも他人事ではなく書かなければならない。『奄美自立論』を書いた時、出版社からのオーダーが「奄美独立論」がテーマだった。ぼくは「奄美独立」について一度も考えたことがないので驚き、「自立」というテーマを選択した。まず、「奄美」のなかに与論島は含まれる地理用語は理解していても「奄美」という言葉が自分のものであるという程の親近感はない。また、「奄美独立」と言ってもそれは名瀬中心を指すに過ぎず、奄美の周縁に位置する者は軽視されるに決まっているという偏見もあった。「奄美」は奄美をひとくくりにできる包括力を持っていない。そうであるなら、そこが独立することなど考えたこともないのは自然なことだった。ただ、仮に包括力があったとしても、沖縄の十分の一しかない人口で何もできないという無力感が襲ってくるだろう(松島がフィールドワークしている島嶼国家の独立例は人口が問題ではないことを教えるものなのだが)。

 松島は自己から日本人を区別し琉球人としてアイデンティティを置く。ぼくも自分を日本人として感じたことはない。けれど、その代替として奄美人にはリアリティがないし言葉そのものが熟していない。そうやって考えれば、最もリアリティを持つのは、与論人(ユンヌンチュ)である。それなら自称することができる。次に親近感があるのは琉球人である。けれど、琉球人を自称するのに、日常的で身近な交流の相手がいない。与論とはそういう位置だと思う。このような対置すべき規模のないアイデンティティが、それでもここ最近、抵抗感が下がっていると感じるのも確かだ。日本人だと思えるようになったということではない。「単一民族」という言説が容易に相対化されるようになり、言語についても単一のものではないことが明らかになりつつあり、日本列島にやってきたヒト集団の様相も少しずつ、単色ではないことが市民感覚としても共有されるようになってきたからだ。

 沖縄学は、東北学などのように日本国の多様性を明らかにする地域学の1つでしかないのか。植民地を対象とする学問は、当該地を統治し、支配するために学問が利用されてきたという歴史をもっている。琉球が日本とは別のネイションであることを前提としない沖縄学は、琉球の植民地支配に流用されるおそれがおおいにある。

 沖縄学が琉球の脱植民地化に役立つ学問になるにはどうしたらいいだろうか。何世紀にもわたる外部からの支配の下に生まれてきたアイデンティティを確認するために、言語学、歴史学、考古学を通じて「集合的自我」を再発見し、「エスニックの過去」の中に自分のルーツをつきとめることが重要になる。民族の学問を通じて、「受動的なエスニック共同体」を「活動的なエスニック共同体」つまり政治共同体、歴史の主体に転換することが可能になるだろう。(p.169)

 ぼくはここで引かれているアントニー・スミスの『ナショナリズムの生命力』をまだ確認していないので、ここでの文脈をいまひとつ追えないのだが、ぼくがやりたいと考えているのも、何がなんでも日本と同じ民族であるはずだという思い込みを、内側から開くことだ。そのために、『奄美自立論』をもっと大きな広場に出すには松島の次の視点は必要なものとして視野に入ってくる。

 島津藩支配下の奄美諸島において、厳しい砂糖収奪や奴隷制の世界史的意味も、三角貿易下にあったカリブ海諸島と比較してこそ明らかになるだろう。17~18世紀にかけて、西欧から武器・雑貨が西アフリカに運ばれ奴隷と交換され、商品としての奴隷がカリブ海諸島、アメリカ大陸にもたらされ、砂糖黍プランテーション等において酷使された。奄美諸島の場合は、島津藩が雑貨等を島にもたらし、島民を労働力として使うなど、奴隷制、砂糖黍プランテーションが同諸島内において完結していた。砂糖黍プランテーションは16世紀ポルトガルが自らの植民地、ブラジルをはじめ、その後、中南米、フィリピン、ジャワに拡大しており、奄美諸島における奄美諸島における砂糖搾取時代と同時期である。(p.12)

 この視点は問題意識として引き継ぎたい。

 ところで、『琉球独立への道』のアジテーションの核心は次の言葉だ。

琉球独立後、日本国には米軍基地を引き取ってもらいたい。(中略)。米軍基地が拡大した日本国では憲法「9条」の形骸化がさらに進むだろう、琉球国は「9条」を日本国から引き取り、自らの憲法に「9条」を明記する。琉球は国として日本国から分かれることで「戦争の島」から「平和の島」へと生まれ変わる。(p.ⅲ)

 国家としての日本はこの言葉を受けとめなければならないと思う。

◇◆◇

 松島の「琉球」は奄美に対して開かれた通路を最後に置いている。

 奄美諸島は、1609年以降、他の琉球とは異なる歴史過程をたどってきており、琉球連邦と対等な地位で参加するかどうかは、奄美諸島人民による議論と、住民投票を各島々で実施するなかで決定されよう。(p.249)

 これは、これまでどちらかと言えば決めつけられてきた態度からは一線を画するものだ。

 今年は沖縄「復帰」四十周年に当たる。1972年、松島は9歳。もう何事が起こっているかは理解できる年齢だ。松島の「独立」という選択は、問題意識を持った者が歩んできた生の四十年の帰結であり通過点である。松島のほんの少し北の境界線の向こうで「復帰」を見つめた松島と同年齢の者にとって、松島の歩みに目を向けずにはいられない。



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コメント

にーふぁいゆー、喜山様。心よりお礼申し上げます。喜山様のコメントをこころにとめて、これから予想される論争を闘っていきたいです。5月には徳之島で集いをする予定です。よろしければお越しください。

投稿: 松島泰勝 | 2012/02/18 18:22

松島さん、コメントとうとぅがなし。

徳之島でやるんですね。奄美の重心は徳之島に移っている気がします。実り多い場でありますことを。

どうぞご自愛されて、出版後に向かわれてください。

投稿: 喜山 | 2012/02/19 21:02

提唱者が学者で庶民生活を反映していない。だから個々の琉球庶民の人々の独立したいという理由が漠然となってしまい様々な妨害が入る。
参考までに、私の場合はこういう理由で琉球独立を目指している。
http://jyuurokkujyou.seesaa.net/article/300839517.html?1354246221

投稿: 本村安彦 | 2012/11/30 15:03

これは日本列島の日本人が沖縄に基地を存続させている第一番目の理由です。

ブログ『反戦塾』から抜粋:
2010年3月19日 (金)

密約と欺瞞、どっちが悪い


 言行不一致どころか完全に詐欺である。鳩山内閣の内政はともかく、外交である。友愛、架け橋、東アジア共同体、東北アジア非核兵器地帯宣言、普天間基地県外移転、安保見直しその他もろもろ。なにひとつ実現しそうにない。長い目で見なければならないものも多いが、現実にはその逆を行っているではないか。


 岡田克也外相は18日夜、フランスのクシュネル外相と東京・麻布台の外務省飯倉公館で会談した。イランの核拡散問題について、岡田氏は「4月から日本は国連安保理議長国として重要な役割を果たす。安保理で(制裁を)決めれば実施をちゅうちょしない」と述べ、イランへの新たな国連制裁を主張する米仏などに理解を示した。(毎日新聞3/19)

 安保理議長国としての任務を言ったものだろうが、そこには「対立のかけはしになる」という雰囲気は全くうかがえない。先月、「イランで得点を」というエントリーをかかげ、イランで仕事をされている「ていわ」さんからも、欧米追随一本槍の日本外交を憂慮するコメントをいただいた。

 今回はこの事ではない。「政治とカネ」キャンペーンに同調することもなく、問題先送りや発言のブレ、閣内不一致もあえて善意に解釈してきた。鳩山・岡田外交に期待していただけに、ここへ来て信頼は急速に消え去lりつつある。

 前回は、普天間基地県内移転を持ち出す欺瞞性を言った。続けて核持ち込み密約の処理を問題にする。

 3月3日付のエントリー「朝鮮出動密約は破棄せよ」を掲載したのは、まだ密約調査が正式発表されていない時期である。その中で、調査の結果を受けての処理を次の3つのいずれかに確定するよう主張した。


 結論は3つ。密約を破棄するか、過去のことだからといって時効のように効力なしにするか、まだ必要性があるとして改めて公開の上協定しなおすかである。「改めて密約」というのは、国民を愚弄するものでこれはないだろう。しかし、外交交渉に密約100%なしが非現実的であれば、せめてアメリカ並に時限を設けた公開制度を確立することだ。いずれにしても、あとの処置をうやむやにすることは許されない。

 ところが、外務省の有識者委員会が核持ち込みなどの密約が「あった」と認定したのに対して、岡田外相は記者会見で有識者委の結論を「外務省の公式見解としない」と言い張っている。その一方で「非核3原則は堅持」である。調査の結論には同意しているのに、さっぱり意味がわからない。

 上の3つのうちもっとも近いのが、国民を愚弄する「改めて密約」であるが、それもせずに「前の密約は有効・存続」といっているのと同じで、何のために調査をしたのかわからず、うやむやにするのと同じ最悪の結論だ。外務官僚に押しきられたと見られる最も官僚的な口調といえよう。

 せめて、「前の密約は廃棄する。核持ち込みの疑念があるときは、改めて日本から事前協議を申し入れる。ただし協議の内容・結果は直ちに公表しないことがある」ぐらいのことはどうして言えないのか。官僚の壁にさえぎられ、アメリカの無形の圧力の前で口を閉ざす、こんなことは、自民党内閣でも吉田、岸両首相の頃はなかったことだ。

 なお、軍艦や飛行機に積む中・短距離戦術核弾頭が、大陸間弾頭ミサイル(ICBM)の出現で意味をなさなくなり、米ソの間で核軍縮の一環としてすでに搭載されていないことや、アメリカが核弾頭の保管や移動を公表しない建前をとっていることなどについて、いろいろの解説があるのでここでは省略した。

 ただ思うのは、「密約はない」と言い続けてきた自民党のほうがまだわかりやすく、岡田外相は何をいっているのかわからない。どうかすると「政権交替」しても何も変わらない、それどころか、さんざん思わせぶりのことを言っておいてだまされたという、後味の悪い印象が残るだけではないか。

コメント

日本への核持込み疑惑ですが、
誰が見ても『ある』にもかかわらず頑として事実を認めず『無い』と言い続けた歴代自民党政権は、鉄面皮で恥知らずな無責任体質なのですが、
それなら現在の民主党新政権のように、あるものを『ある』と認めたところだけは以前よりは良いが、『あるものはある』として全く反省しない(悪い事を改めようとしない)のはもっと悪いような気もしますね。
たしかに日本政府の言うとおりに90年代以降はアメリカの全ての水上艦船から戦術核兵器は撤去されたのですがロスアンゼルス級原潜にはトマホークが配備されたままで、拡大抑止(核の傘)の為に継続してくれるように前麻生政権がアメリカに申し入れていた事が米議会の報告書にも記録されているのです。
浮気の証拠を突きつけられても『絶対無い』と白を切り通す今までの無責任亭主(自民党)。
浮気の現場を押さえられて『事実だから仕方が無い』開き直る亭主(今の民主党)。
どちらの方が悪いのでしょうか。?
岡田外相のもしもの時の核再配備のニクソンと佐藤両首脳による密約を、代々外務省が機密文章を申し送りしていないので『密約で無い』とした件で、『これこそ密約だと思う』と感想を述べていたが、確かに正論ではあるでしょう。
主権者の国民に隠して官僚が代々申し送りしていたのは、関係官庁の『極秘事項』には当てはまるが、真の国家間の密約とはならない。
ニクソンと佐藤の二人だけが署名してホワイトハウスと首相官邸に極秘に隠していた『核再配備』こそ本当の密約と言えるでしょう。

投稿: 逝きし世の面影 | 2010年3月20日 (土) 15時08分


逝きし世の面影 さま
原潜のことなども書こうと思いましたが、脳のガラクタ箱のなかに未整理のままで引き出せず、ごまかしました。
いつもの事ながら慧眼恐れ入ります。
民主党の現在、やはり、官僚を使いこなし先導する力量がなかったことを暴露したということでしょうか。

投稿: ましま | 2010年3月20日 (土) 15時41分」
 以上、ここまで抜粋

、、、、-しかしそれでは現地沖縄の陸上で暮らすわれら130万人の住民が許しません。沖縄核密約は明確に「破棄」と、アメリカへ通達すべきです。でないと、辺野古や嘉手納の核貯蔵庫の核弾頭や20インチまで小型化した核砲弾がオスプレイで全国へ運搬されている危険な日常もなくなる。

参考までに「20年、仕事と同時に個人で社会貢献も行いながら六人の子育ても」-という検索「本村安彦」で現れる私のページを付しておきますのでご覧ください。
http://sairentmajyorithi.seesaa.net/article/296464655.html?1357440675
それと、下記URLは、昨年五月二十四日に浦添警察署我が家へ家宅捜索する五日後にNBC長崎放送で放送された「封印された核」と、その三ヵ月後の同年8月12日に、県女性センターと浦添警察署が妻を脅し、私の娘を拉致誘拐させた翌日の13日土曜日午後五時半からTBS報道特集で放送された私も出演した「沖縄核密約」告発の動画です。
私の画像は元米兵のデレルエレ氏の画像の後半最後にあたる、番組の最後の部分で仕上げとして使っています。また、番組のエンディングでキャスターらが使う「沖縄の建築家」という言葉は私のことを指しています。
↓検索(在日米軍の核 - 山崎淑子の「生き抜く」ジャーナル!)<... NBC長崎放送 報道局-関口達夫さん渾身のアメリカ取材レポート=TBS報道特集:『今タブーを破る!>
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Ra-DvZEGhH8J:enzai.9-11.jp/%3Fp%3D6202+NBC%E9%95%B7%E5%B4%8E%E6%94%BE%E9%80%81%E3%80%80%E5%B0%81%E5%8D%B0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%A0%B8%E3%80%80%E5%8B%95%E7%94%BB&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp 

その解決方法は「琉球独立」しかないが、しかし、提唱者が学者で庶民生活を反映していない。だから個々の琉球庶民の人々の独立したいという理由が漠然となってしまい様々な妨害が入る。
参考までに、私の場合はこういう理由で琉球独立を目指している。
http://jyuurokkujyou.seesaa.net/article/300839517.html?1354246221本村

投稿: 本村安彦 | 2013/01/06 17:02

いろんな意味で自分が情けないと思います、白い雪を喜んだ彼の友に。いまは、あのとき”お前、大変だったんだな”なんて一言も伝えずにいた。昭和41年ごろですか彼のその、ひ焼けた笑顔が素敵でした、なんて彫りが深いんだろう。遅すぎますが、琉球は独立してください。主権を誇示して、日本・アメリカ・中国と独自の外交政策を保持してください。
彼の彼の瞳はとても大きく、今でも忘れられません。歴史認識以上に、あの笑顔を見たいです。

投稿: さんかくまど | 2014/12/11 00:39

日本に於いては、縄文時代と弥生文化のさかいめ(不可思議?)がないのは??明らかですが。何故でしょうか~、アイヌの人と沖縄の人よくみるとお顔似てますよね~。
その時代に阿蘇山の噴火が・・・らしいですが?まー私の憶測ですが、ジプシーさんのような移民民族が火の元日本建設なんて、有得ませんでしょうか。
江戸時代に薩摩が、また明治政府が本土に強制国家統合。
まー何だったんだろうね!、戦中戦後の声は。
あほがいっぱいですから、独立しろ!。云うは安き行うは難し。気をつけて、機密保護法案とか日本のCIA本当らしいですよ。

投稿: さんかくまど | 2014/12/11 01:28

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