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2012/01/09

アマンと「海見」

 奄美でいうアマン世のアマンとはヤドカリのことだと考えてきた。地名としての奄美の語源をアマンだと思ったこともある。ただ、地名としての奄美に対する当の奄美諸島の島人の感じる疎隔感から仮説として持つには至らなかった。いずれ他称だからと済ませてきたわけだ。

 だから、吉成直樹が『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』で、「奄美」の語源を「アマン」と仮説するのに出会い、問題意識の近さとその説にとても共感を覚えた(cf.「奄美=ヤドカリの地!?」)。

 吉成は一度、撤回したものの、『琉球の成立―移住と交易の歴史―』で、(奄美)=(アマン)という仮説にふたたび取り組んでいる。吉成に改めてこの課題を突きつけたのは、島言葉でヤドカリを「アマミ」と呼ぶ地域があるのを知ったからだという。

奄美群島の奄美大島と加計呂麻島でヤドカリのことを「アマミ」とする方名のあることを知るにいたって、改めて検討する必要を感じる。(p.100)

 具体的に大島と加計呂麻島のどこで言われているか、知りたいところだ。

 ところで、谷川健一は『南島文学発生論』のなかで実にさりげなく、地名としての奄美の語源について示唆している。

『琉球国由来記』によると、伊是名島の諸見村にヤブサス獄がある。諸見とは潮見のことであると『南島風土記』は解している。諏訪之瀬島に潮見埼がある。これはいうまでもなく潮の流れを見ることで、漁民や海人に由縁のある地名である。海見(あまみ)も潮見や魚見を指す言葉であろう。(『南島文学発生論』(『谷川健一全集〈第5巻〉沖縄1』所収)p.455)

 「奄美」の語源は「アマン」であるとする考えからすれば、この説は退けなければならない。

 しかし、別の意味でこの仮説ないし示唆は魅力的である。『日本書紀』に、657年のこととして、奄美が「海見」として表記された時が、地名としての「奄美」の嚆矢だが、「アマンをトーテムとする集団」にちなみ、あるいは奄美大島と加計呂麻島にある「アマミ」という地名を採って、大和朝廷勢力が「海見」と漢字をあてたとき、彼らの観念のなかでは、アマミを「潮見」として見ていたのではないかと考えられるからだ。その意味で谷川の仮説ないしは示唆に惹かれる。表音が漢字表記による表意を与えられた時の恣意性と、その後の錯誤の発生を目撃できるかのようで、だ。

 アマンから「アマミ」という自称は生まれ、「海見」として他称される。自称は島全体を覆うことなく、かつ地元からは衰退し、他称としての意味合いを深めていった。ついで、他称としての「アマミ」は「海見」から「奄美」への道のりを歩むことになる。


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