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2011/02/28

天・雨・海

  『琉球王国誕生―奄美諸島史から』は、ぼくたちをわずらわせて止まないアマミク、シニグクの語源についても考察している。

 吉成はまず、内間直仁の議論を引いている。

 「あまみ」「しねり」は、「あま-み」「しね-り」である。「しね」は、「てた(太陽)」「かは(日)」と対をなすことから、村山七郎が指摘するように「光」、あるいは外間守善が指摘するように「太陽・日神・照り輝いて美しいもの」を意味する。

 「しね」と対をなす「あま」は、「海人」にも「天」にも通じるが、「しね」が「光・太陽」であるとするなら、「あま」は「天」と解するのが妥当ではないか。

 吉成はこれを踏まえた上で、「天」と「光」が対であることはしっくりこないものが残る、として、「あま」は「雨」ではないかとする可能性を指摘している。「あま」を「雨」と解すれば、稲作に必要な「雨」と「光」となるから。そちらのほうが理解しやすい、と。

 そうかもしれない、と思う。

 この本の仮説では、奄美北部の倭寇勢力を避けて、アマミク・シニグク勢力は南下しているから、アマミクと奄美は関係ないだろうとしている。だが、当の奄美もまた、「あま」なのだ。奄美は、657年の「日本書紀」に「海見」と書かれたのが活字の最初である。すると、「あま」には、「天」と「雨」の他に「海」も考えられるから、奄美の「あま」は、アマミクと分離して考えることができるなら、「海」と解してみることもできる。今のところ、ただのあてずっぽうだけれど。

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