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2010/05/30

南海日日、五月読み

 たまりに溜まった南海日日新聞を読んだ。というより、目を通した。「徳之島」と「加計呂麻島」の字には気になって目がいくが、全体から受け取るのは島に流れるゆったりとした時間で、それが愉しい。地方紙ならではのよさだと思う。

 5月2日。

-徳之島で反対運動が高まった背景は。
 「厳しく痛めつけられてきた歴史がある。江戸初期に薩摩藩の侵攻を受けて多くの島民が殺され、その後の薩摩支配下で黒糖の利益を搾取され続けた。『黒糖モノカルチャー』経済で自然災害に弱く、餓死者や疫病による死者を出す悲劇も味わった。島民はこうしたDNAを受け継いでいる」
 「戦後、徳之島を含む奄美群島は米軍統治下に置かれ、断食など激しい島民運動の末、1953年にようやく日本復帰を果たした」
-基地移設問題で首相らの対処の仕方は。
 「徳之島の過酷な歴史に対する認識が甘い。(頭越しに進める)〝空中戦のやり方に、島民はばかにされたと思っているはずだ。沖縄の基地負担の軽減は必要だが、徳之島案については(話し合いの)入り口を間違えた」  国政選挙などで保岡興治氏と徳田虎雄氏の両派が激しく展開した『保徳戦争』に見られるように、島民の政治意識は一筋縄ではいかない。そのことを踏まえず、簡単に移設先にできると思っていたのではないか」
-島の経済振興の観点からはどうか。
 「日本復帰後、土建突出型の振興策でなんとか生活できるようになったが、今は状況がまったく異なる。ハード偏重が島の経済自立を助けなかったという教訓から、島民の価値観は変わった」
 「豊かな原生林や黒糖焼酎、島唄など徳之島固有の魅力を発信し、地域循環型の産業でやっていけるという認識があると思う。補助金や交付金と引き換えに(基地を)受け入れるという論理はもう通用しない」

 徳之島の基地一部機能移転をめぐる原口泉のインタビュー記事。真っ当なことを言っていて驚いた。当事者でない場合は(本当は当事者でもあるのだが)、ゆがまずに済むという標本のようだ。ここで、国のやりかたとして評していることを、薩摩、鹿児島に当てはめても重なる部分が多い。

 5日。福島義光による「三池争議と与論出身者」の記事で与論島が出ている。大牟田での経験値には、出版物で知る概説の範囲を出るものではない。叔父が、大牟田の与論出身者は主張するのが遅すぎたと憤っていたのを思い出した。

 8日。一面大見出しの「徳之島 受け入れ拒否」の文字が大きく太い。同日、徳之島出身の盛岡茂美が、「シママブリよ、声高に叫べ」と題する寄稿を寄せている。今回の問題は島外の出身者たちをも動かしている。

 16日。ぼくも参加した東京でのデモが記事になっている。「銀座で『基地ノー』」。千人デモ。イエローTシャツにプラカード。当日、演説をしたのはどなたか知らなかったが、記事のおかげで関東徳州会、徳之島町会、関東伊仙町会の方々だった。

 17日。山川和子の「奄美に『院内助産院』の設立を」という寄稿記事。産婆さん。いてほしいと思う。

 18日。11年前、ギリシャ人の船乗りがハワイ沖から流したラブレターが大島に届いたという記事。安達征一郎の「待ちぼうけの人生」みたいだ。そこでは、異国の少女の助けを求める瓶入りメッセージを受け取って、少女の住所を知るべく三通目の奇跡を待つことに人生を費やした島人のエピソードが出てくる。こんどの手紙は、無事、差出人に連絡できたそうだ。それにしてもギリシャ。与論の姉妹都市契約も、あながりこじつけではないかもしれない。

 20日。花井恒三の紹介する記事。4月30日の沖縄タイムスの「名乗るべし鹿児島県民」。

「薩摩により歴史上収奪されてきた徳之島を新基地にしてはならない、鹿児島県民こそふるさとを基地移設候補地として挙げるべきではないか」

 これを書いているのは、指宿の琉球山川交流の会代表の永田和人。鹿児島からもこうした声があるのに驚いた。syomuさんが、挑発のそぶりまで見せながら、「鹿児島本渡移転案」を提示して、議論の糸口をつかもうとしているのに通じる(「米軍基地移転問題、“鹿児島本土移転案”に対するざっくばらんな鹿児島県人の討論スレ」)。

 22日。小湊フワガネク遺跡の記事。高梨修のコメントが熱意とともに伝わってくるようだ。

 24日。喜山康三寄稿の「普天間移設、二重分断のわな」。二重分断というのは、「沖縄対全国」、「徳之島内対立」の二重の対立軸を指す。市町村議会の「移設反対」の主張は、二重分断のわなを招くものであり、「国外移設」を主張すべきであったとするもの。

今年は薩摩侵攻401年目に当たる。奄美はかつて琉球であった。薩摩藩(日本)の侵略や太平洋戦争後「日本政府や米軍の思惑による日本復帰時期のずれがなければ、今以上に同胞として密接な関係を続けられたのだ。

 こういう想いには、与論人らしさがにじみ出ていると思う。

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コメント

どれもこれもシマの人がそれこそシマのことをしっかり考えていくことが問われている状況です。
徳之島の軍事訓練の利用も全てシマの人がいろいろ考えて、シマの人自身が決める問題です。 内地の左翼など働かないで反対運動で食ってる人に洗脳される必要はありません。

徳之島で賛成派の谷岡一さんの考えなどわかるブログなりホームページWebページはありますか?

キチガイ運動反対派のWebページは沢山ありすぎるが。

多種多様な意見を参考にしたほうがいいですよ。

私の意見や提案はこちらです。右上にあるHomeをクリックすると見れます。

参考 http://atura.jp/bbs/top?bbsid=amamijapanworldpeace

投稿: あましん | 2010/06/01 18:21

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