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2010/05/16

徳之島基地移設反対デモ行進に参加

 昨日5月15日、徳之島への基地移設反対デモに参加した。少し前、主催者に参加を呼びかけられたとき、「徳之島に基地は造らせない」のメッセージに加えて、「普天間基地撤去」のメッセージも添えてほしいとお願いしたが、県外=徳之島を意味する現在、それは難しいとの回答だったので、参加は止めようと思っていた。けれどいまはツイッターがある。違和感や賛同できないことを感じれば、ツイッターに書けばいい。それを読む人の多寡ではなく、そう表明できることが重要だと思えたので、思いなおし、参加した。

 弁護士会館前に集合と聞いていたが、隣の日比谷公園で昼を取り、飲み物のベンダーを探していると、公園内にみんなが集合しているのに出会い、合流できた。そこから北へ向かい、銀座の数寄屋橋交差点を横切り、東京駅の前を通り常磐橋を渡ると、その道脇の公園が終点だった。

 参加者は、昔会ったことがあるような懐かしい顔つきの、明らかに島の人だとわかる顔が多かったが、奄美に何らかの縁があって、参加している方もいるようだった。六十代以上の方も目立った。島への想い募ってのことだろう。

 デモは穏やかなものだったと思う。日比谷公園内でシュプレヒコールの練習をする。主催者は、コールの中味を繰り返すようお願いしていたと思うが、声は揃うものの、続く参加者たちは「阻止せよ」、「縮小せよ」などの文末しか声にしない。主催者の意図とは違うものの、声は揃う。勝手だが一致するという、これは徳之島流か。

 行進中、街道でたまたまデモ行進に出くわした人たちの目線は冷淡ではなかった。連日の報道で徳之島の問題は周知のものになっているだろうし、こうした行動を理解できるからだろう。むしろ、偶然出会ったデモを撮ろうとする人もいた。リゾートバスから手を振る人もいれば、親指を立てて応援する金髪の外国人もいた。記者が、参加者の一人に声をかけて熱心にメモを採っていた。共同通信の記者だった。ぼくが気づいたのは、あとはNHKのカメラだったが他にもメディアは来ていたらしい。

 カメラを向けられた参加者が笑顔で応じると、隣の参加者が「笑顔じゃダメだよ、怒った顔にしなきゃ」と談笑。行進者もそれを見かけた人も、穏やかな空気のなかで動いていったと思う。これは現状の事態が、あいまいで不確定な要素が多いために生まれる空白感も寄与していただろう。しかし、同日、平野官房長官は鹿児島で徳之島の住民との面談を行うことになっており、政府からの働きかけは目に見えるものになっている。いつ深刻さを増すやもしれないという不安や、こうした行動は今回だけではなく始まりに過ぎないかもしれないという予想を持ちながら、それでも島の人同士が連帯できる機会が嬉しい、そんな内面ではなかったろうか。

 好奇心でカメラを向けた街道の人に笑顔を向けるのは、ぼくは悪いことではないと思う。そこに相互理解の契機もあるかもしれない。デモ行進の実行とそこに高齢をおして参加していること自体で、もう何事かである。そういうぼくも、まっとうなデモ行進者というより、ひたすらiphoneでツイッターを打ち続ける、伏し目がちの不真面目な参加者だった。けれど、ぼくはぼくで、ツイッターで、よぎる想いを吐き出せる解放感は代えがたいものだった。ぼくのツイートに、リプライやRTしてくれる人もいて、デモ参加による孤立感もなかった。デモの渦中にいながら、自分の見聞や感想を発信し、ほぼリアルタイムに外にいる人たちと会話できることで、デモと関係なく普通の日常を送っている人、遊んでいる人とつながれるのが、よかった。

 在鹿児島の奄美の人たちから送られたというチラシのなかに、「沖縄と共に最後まで闘おう」というメッセージのものがあって、それはぼくが持つのにふさわしいだろうと感じ、それを手に歩いた。3本ほどだろうか、国旗を掲げながらの行進に、ぼくは違和感が抜けなかったが奄美っぽさが出ていた。しかし、いきさつは知らないけれど、シュプレヒコールのひとつが「普天間基地を撤去せよ」とメッセージされていたのは、徳之島への基地移設反対は普天間基地撤去とセットでなければ大きな意味を持たないと考えてきたぼくには共感できるもので、メッセージを口にできないということはなかった。

 沖縄の普天間基地県内移設反対集会からモチーフをとったのだろうか、Tシャツ、首からかけたプラカード、横断幕は黄色で統一。その黄色の列が、少し風はあったが、晴れ渡った空のもと、その空の色に溶けいるような青の高層ビルの谷間を抜けていった。常磐橋を渡り曲がり角から後方をみると、思っていた以上の長い列が続いていて驚いた。報道では800人とされていたが、それ以上に感じる長さだった。終点の公園では、去年、「奄美と沖縄をつなぐ」でも唄ってくれた徳之島のHiroさんが、用意していた三線で奏で始める。すると、自然に人の輪ができ踊る。島の人はこれがないと終われないよなあと感じ入る。締めのワイド節も、昨日は穏やかな音色だった。


Demo1
Demo2Demo3

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» 徳之島が拒否、訓練移転受け入れ要請 [ニュース記事を運ぶジェイムズ鉄道]
普天間基地訓練施設に関して、沖縄県議等8人が鹿児島の徳之島を訪問し、高岡秀規町長に飛行場機能の一部受け入れを求めたところ、町長は拒否。徳之島3町のうち、伊仙、天城両町長は面会に応じなかったというニュースです。沖縄側も「5%、10%だけでも移転を受け入れてくれないか」と打診しましたが、断固拒否との姿勢は崩れません。徳之島と沖縄は、非常に近く、これまでの経緯も知っていれば、受け入れを許した際にどんな�... [続きを読む]

受信: 2010/05/18 17:03

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