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2010/03/21

「ヨロンマラソンに見る手づくりの奄美発信 」

 関西奄美会誌に寄稿した文章です。

◇◆◇

 3月7日、19回目を数えるヨロンマラソンが行われた。心配された通り、雨のなかのスタートで、ヨロンマラソンならではの、あのヨロンブルーの海をいつも目の端に見ながら走る楽しみは半減してしまったが、ランナーも応援の島人たちも朗らかに盛り上がっていた。

 トップランナーが見事なタイムで走り抜ける。途中、足にきて歩き出すランナーもいる。後半になると陽が射し始めて明るくなってきた。でも逆にランナーには気温の上昇が負担になるかもしれない。沿道では子どもたちも「がんばれー」と声をかける。大人たちは踊る。ゴール目前になると、子どもたちが併走してランナーを迎える。一人ひとりのゼッケンが呼びあげられて、拍手のなかゴール。そして一人ひとりに赤土を焼いたメダルがかけられる。ランナーたちは笑顔で抱き合ったり記念写真を撮ったり。ヨモギエキスの足湯でケアしているときの表情は充実そのもの。

 これでヨロンマラソンは終わらない。ゴール傍の浜辺で完走パーティへ。与論出身のシンガー、川畑アキラの唄で盛り上がり、与論献奉で有泉を飲み交わす。気づくとみんな檀上へあがって踊っている。島人だけでない。ランナーも走った後の疲労も何のその、一緒に踊りまくって宴の愉しみを分かち合うのだ。付け加えれば、ヨロンマラソンの始まりはランのスタートではない。前日には砂美地来(さびちら)館で前夜祭が行われている。しばしば島を訪れる人も見たことのない数の人が供利港を降り、そのランナー達を迎えての宴。なんとマラソン前夜にも関わらず、お構いなしに酒を飲む。本当に明日、走るのだろうか。そんな盛り上がりなのだ。

 ヨロンマラソンは、ふつう思われているマラソンとは一味、違う。前夜に宴で迎え、当日も宴で労う。小さな島はマラソンの距離を満たさない。ちょうど二周して、42.195キロになるが、外から見れば平べったい島のコースは意外にアップダウンがきつく、走る環境はなかなかシビアなものだ。けれど、今回はあまり拝めなかったが、走る間いつもあの青い海が控えているし、沿道から応援だけでない、食事の誘いだってある。満腹でゴールって一体どういうことだろう、とちょっと可笑しい。走り通すのは厳しいことだけれど、あたたかでゆるい雰囲気を楽しめるのがヨロンマラソンなのだ。何度も走っているritoucom さんはそんなヨロンマラソンを「笑顔になれる大会」と呼びたい、と語った。

 ところでぼくはヨロンマラソンのとき東京にいた。でもこの模様を便りや想像で書いているのではない。ぼくが目にし耳にしたものを書いている。というのも、当日、何台かのWebカメラがトップランナーの様子や沿道の応援風景をリアルタイムで配信し続けていたのだ。おかげでぼくは東京にいながら、ランナーの息遣いや応援のさまをその場にいるように感じることができた。魅力を加えたのは、沿道で応援している島人たちの会話が聞こえてきたこと。たとえば、「これ、誰にみせてるの?与論の人?」「タビ(本土)の人が楽しんでるじゃないかな。日本全国、あいや世界中よ」。そんな素朴な会話が楽しかった。

 それだけではない。ツイッターで、コースのあちこちからスタッフがリアルタイムにつぶやいていたのだ。ときには画像が添えられて、ランナーの途中の様子やゴール直後の感想がつぶさに届いてきた。なかには、コースの途中、自分でつぶやくランナーまでいた。映像と画像と声とつぶやきと。これらのおかげで、ぼくは東京にいながらヨロンマラソンを前夜祭から完走パーティまで満喫することができたのだ。ぼくだけではない、島を遠く離れた出身者や愛好者が楽しんでいた。与論が、ヨロンマラソンが、遠く広く発信された瞬間だった。

 偶然、今回のヨロンマラソンではタレントの参加を追ってテレビ局が入り、収録も行われた。しかしその放送は14日、一週間経ってからのものだった。スポットはタレントに当てられたものでヨロンマラソンの速報性を求めたものではなかったから、その時間差は自然なことだ。けれど、テレビ放送のおこぼれのように、束の間、背景の与論やヨロンマラソンが見えるのを待つ必要はない。手づくりで、リアルタイムに豊かに与論島を表現することはできる。そんな新しい島発信の可能性を見せてくれたのが、今回のヨロンマラソンだった。

 与論島だけのことではない。広く知られている沖縄や屋久島ではなく、知る人ぞ知る奄美だからこそ、今回のヨロンマラソンのように出身者や愛好者のクチコミによって知られていくのが似合っている。なかでもツイッターは、出身者と愛好者が一緒になった会話の共同体を広げる力を持っている。与論つながりのツイッター、奄美大島つながりのツイッター、喜界島つながりのツイッターと、各島の発信が広がってゆけば、奄美全体がツイッターでつながることも難しくはない。げんにそれらは既に生まれつつあると言っていい。それぞれの島独自の発信を大切にしながら、奄美全体の発信につなげてゆく。その広がりのなかで生まれるコミュニケーションが交流を生み、その交流が来島を生んでゆく。ぼくたちは今、手づくりでそれができる地平に立っているのだ。

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