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2010/03/05

「島人が主体となって完成させる」

 「奄美の歴史子どもたちに/副読本を制作へ」。朝日新聞の記事(2010年03月05日)。

 どうせ教科書なんか読みはしない、という意味ではこれもその候補。でも、だから要らない、のではなく、その程度のものと見なされるほどに、奄美の歴史が知られたものになるための、これは一歩だ。

 この記事のなかで最も重要であり、ゆるがせにできないのは、「執筆者には郷土史家も加わり、「島人が主体となって完成させる」」ことだ。この軸がぶれたら、ぼくたちは最初の扉を開くことができないだろう。ここは嬉しい言明だ。

 ただ、ぼくが気になるのは次の個所だ。

「私たちは子どものころ、薩摩藩に虐げられたことだけ教えられて育った。しかし、それだけでは島を誇れる子どもは育たない。奄美の黒糖が明治維新に貢献したことも教えることで、胸を張って奄美を誇れる子どもを育てたいと思った」

 奄美の黒糖が明治維新に貢献したと指摘するのはいい。しかし、それは奄美が強いられたことの意味を浮かび上がらせるもので、いずれ消極的な評価に留まるしかない。「虐げられただけではなかった」と、ことさらに言いたげな今の奄美だが、いずれ虐げられたことには変わりない。しかし、その圏外に自然と文化の大きな広がりがあったことを指摘してほしい。そこで初めて、奄美を積極的に評価できるだろうからである。


 奄美群島の12市町村でつくる奄美群島広域事務組合は、地元中学生を対象にした初めての歴史副読本の制作を決めた。昨年は薩摩藩による琉球侵攻400年の節目の年。島内外から上がった「奄美の歴史の再構築を」との声に応えた形だ。島の教育関係者は「島の歴史を学ぶことで、自分たちの島に誇りを持てる子どもたちを育てたい」と意気込む。島人が中心となってつくる副読本は、2012年度からの使用を目指している。(斎藤徹)


 奄美市教育委員会などによると、副読本の制作話は昨年持ち上がった。薩摩藩が奄美群島を含む琉球王国を侵略した1609年から数えて400年の年だったことから、島内外で400年前の出来事を再検証するシンポジウムやイベントが盛んにあった。

 そんな中、「正規の教科書では触れられることのない奄美の歴史を学ぶ機会が必要なのでは」との声が島の教育関係者の間で生じた。


 副読本制作を提唱した奄美市の徳永昭雄教育長は「私たちは子どものころ、薩摩藩に虐げられたことだけ教えられて育った。しかし、それだけでは島を誇れる子どもは育たない。奄美の黒糖が明治維新に貢献したことも教えることで、胸を張って奄美を誇れる子どもを育てたいと思った」と語る。

 奄美地域限定という理由から奄美の12市町村が予算を出し合う。中学校の歴史の授業で使う予定だ。薩摩藩統治時代の歴史のほか、中世や琉球王国統治時代、明治時代や敗戦後の米軍統治時代と、現在解明されている奄美の歴史を網羅したい考え。


 執筆は学識経験者や歴史学者ら5人程度で行い、奄美群島内の小中学校の社会科教員15人程度が編集委員を務める。4月以降、執筆に着手し、編集会議を重ねて12年度から使い始めることを想定している。

 執筆予定者の一人で、奄美の考古学に詳しい中山清美・奄美博物館長は「薩摩藩の侵攻前と後で奄美がどう変わったのか、我々奄美の人間の視点でとらえたい。島の文化や自然への影響も検証したい」と意気込む。執筆者には郷土史家も加わり、「島人が主体となって完成させる」という。


 同市教委によると、奄美では98%の子どもが進学や就職で高校卒業後に島を離れる。徳永教育長は「島を離れた時に島のことを知らないままであってはいけない。島で生まれ育ったアイデンティティーの確立のためにも、よい本をつくりたい」と話している。

 昨年、郷土教育の充実を求める陳情を12市町村に行った奄美市の薗博明さん(75)は「鹿児島県による奄美侵略の歴史検証が一切されていない中で、奄美がまとまって副読本をつくることは大変喜ばしい。これまで顧みられることがなかった鹿児島県の明治以降の奄美政策についてもきちんと書いてもらいたい」と話している。

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