« ドラえもんの与論語 | トップページ | 「近代化への出発」2 »

2010/02/16

「近代化への出発」1

 南海日日新聞で、「薩摩侵攻401年目の視座」と題して「シマジマの海路」の連載が始まった。待望のものだ。
 まず、弓削政己による「近代化への出発」。

 薩摩藩支配下の奄美諸島は、廃藩置県後の1869(明治2)年2月、藩全体の旧来の職員・職制は改廃された。奄美諸島の代官は、大島を「(一等)在番」、喜界島、徳之島と与論島を含めた沖永良部島を「(二等)在番」とし、「代官所」は「在番所」と名称変更行政した。鹿児島からの詰役人は旧藩の「見聞役」が「検事」に、「附役」が「筆者」となり、ついで1873(明治6)年には検事・筆者は、それぞれ「監督掛」「附属」となった。しかし、詰役人は1875(明治8)年6月までに引き上げられた。

 薩摩藩支配の象徴である「詰役人」は、明治8年に引き上げられた。

 ■大島に大支庁、4支 庁を設置

 官庁名は、1871(明治4)年8月、知政所を鹿児島県庁と改め、行政区を大区・小区とし、1873(明治6)年7月27日付、鹿児島県権令大山綱良名で、県内の「大区」に「戸長役所」設置を布告した。なお、同年8月に県は県内生六つの支庁に区分した。第6支庁である奄美の支庁は設置されなかったようだという見解もあるが、トカラの七島を奄美諸島の第6支庁所管としたとある点から、第6支庁は設置されたと考えられる。

 1875(明治8)年6月12日、鹿児島県は名瀬方伊津部・金久(現奄美市名瀬)の金久に設置されていた名瀬方管轄の「名瀬方戸長役所ヲ廃し」て、そこに大島全体を管轄する「大支庁」を建設し開庁した。他の四島は「喜界島支庁」「徳之島支庁」「沖永良部島支庁」「与論島支庁」とし、奄美諸島に「1大支庁」「4支庁」を置いた。この時初めて与論島に沖永良部島管轄から分離lされて、個別の行政官庁の与論島支庁が設置されたのである。

 与論が沖永良部管轄から離れて独立した行政官庁が置かれたのは明治8年。「与論島支庁」。

 しかし、大支庁は1878(明治11)年6月までには廃止され「支庁」となり、他の4カ所の支庁と同じ名称となった。つまり5支庁の官庁制度になった。

 同年7月22日布告の郡区町村編成法により、鹿児島県令宕相通俊は、奄美諸島は「従来、国郡の名称がないので、(郡区町村編成法の)施行に差支える」ということで、「大島外四島国郡名御足メ相成度儀二付上申」をし、岩村県令の上申をうけて、内務省は当初、4島を大島郡、喜界郡、徳ノ島郡、沖永良部郡、与論郡と各島を郡とすることを「追伸」したが、与論島は村数が6しかないことで、結局、政府は翌1879(明治12)年4月8日、太政大臣三傑実美、右大臣岩倉具視名で「大隅国大島郡」となった。

 奄美が「大島郡」の名称になったのは、明治12年。高江洲昌哉の「近代日本の地方統治と『島嶼』」で見たように、郡名について鹿児島県の案はなく、名づけは元老院によるものだった。

 同時に「本年六月三十由限、大島・喜界島・徳ノ島・沖永良部島・与論島各支庁廃止候条、此旨布達候事 明治十二年末月廿五日 鹿児島県例岩村通俊」と甲第90号布達で5支庁を廃止、7月1日名瀬方金久村に「郡役所を開庁し、1郡に1郡長として、支庁長は郡長となった。廃止された4島の支庁は、「郡役所出張所」とされた。

 その後、与論郡役所出張所は1880(明治13)年7月廃止され、1883(明治16)年6月限りで大島以外の3島の郡役所出張所は廃止された。

 1885(明治18)年10月19日、名瀬方金久の郡役所が廃止され、その前の17月17日に、「金久支庁」が設置され、10月21日に開庁した。これまで諸書に「明治18年7月15日に至って、大島郡名瀬方金久に再び支庁が設置され」たと記述されているが、誤記である。

 そして、「鹿児島県公報」に「告示墾ハ十三号本県金久支庁ヲ自今大島島庁ト改称ス 明治十九年十一月十三日鹿児島県知事渡辺千秋」とあの攻一るように、翌1886年11月13日、金久支庁は「大島島庁」と改称され、支庁長は島司となった。

 その後1926(昭和元)年7月1日に「大島支庁と支庁長」に改められた。この金久支庁が設置れた時、行政管轄は、旧熊毛郡、旧護謨郡と川辺郡のうち十島も含まれた。それが1888(明治21)年4月1日から市制・町村制が定められたため、行政区として翌年4月1日から、旧熊毛郡、旧護謀郡は熊毛郡・護謨郡を1区域とした種子島に新設された郡役所所管となり、大島郡から分離された。

 大島郡が現在の奄美と同じ範囲になったのは、明治21年。この間の変遷はめまぐるしく、何度たどってもなかなか頭に入ってこない。おさらいすれば、大支庁、支庁の設置は、大島県構想の挫折の次の展開であり、金久支庁設置は独立経済の前触れだった。


|

« ドラえもんの与論語 | トップページ | 「近代化への出発」2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/47564703

この記事へのトラックバック一覧です: 「近代化への出発」1:

« ドラえもんの与論語 | トップページ | 「近代化への出発」2 »