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2010/02/26

「『普天間』の徳之島移設問題」

 「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」の松島泰勝さんが「普天間」の徳之島移設問題について、インタビューに答えている(「南海日日新聞」2月18日)。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地として徳之島が浮上した問題が波紋を広げている。徳之島の3町長は15日、「移設に断固反対」を決議した。反対運動が広がりを見せる一方、反対以外の立場を表明する住民もいる。基地問題や住民自治に詳しい龍谷大学(京都)の松島泰勝教授に「徳之島移設問題」を聞いた。

 松島さんが言うのは、沖縄の現状に学べということだと思えた。

-普天間基地の徳之島移設問題を知ったとき、どう感じたか。

 「本紙記事で徳之島への移設が取りざたされていることを知った。徳之島に基地が建設されることで、住民生活に大混乱が生じることを民主党政権は予想できないのだろうか。人間が生きる島であるという基本的なことを忘れており、『友愛』を語る資格はない。普天間基地の代替施設建設は米軍が求めていること。日本政府は、米軍の手先となって動いており、自国民に対する人間の情が欠けている。しかも民主党議員は『徳之島の人が東京に行って官房長官に会え』と、上から見下した言い方をしている。島の人間をバカにした発言であると、怒りがこみ上げてきた」

 民主党政権の態度は煮え切らない分だけ、前政権と異なり、その分、長い目でみなければという思いが過ぎるが、それも事態の切迫感の前には霞んでしまうのは否めない。

-基地の島・沖縄の実態は。全国の町村が基地を受け入れない理由は何か。

 「沖縄島、伊江島に米軍基地が集中している。爆音や土壌汚染、米軍機の事故、軍人による事件が日常的に発生しています。1995年には少女が3人の米兵にレイプされ、2004年には沖縄国際大学に普天間基地のヘリコプターが墜落した。昨年末も読谷村で住臣が米軍車両に轢かれて死亡した。全国の市町村が受け入れない理由は、毎日不安におびえ、最悪の環境の由で過ごさなければならず、人間としてまともな生活ができないことを沖縄の実態から知っているからだろう」

 加えるに市民エゴと沖縄への無関心あるいは低関心。市民エゴは一概に否定するものではないが。

 -米軍基地の誘致で地域経済は活性化するのか。

 「普天間基地移設先と当れた名護市や、その他の池絶島北部地域に対して196年からさまざまな基地関連の振興開発資金が投下された。インフラが整備され、真新しい施設が建設された。公共事業が実施されている間は景気が浮揚するが、短期的なものでしかなく、常に外からの投下資金を必要とする依存的な経済構造となる」

 これと同じ構造を、奄美は奄振で知っているとは言えるだろう。

 「さらに、インフラや揃設の維持管理費は市町村の負担になるため、財政的に厳しい状態に陥っている。名護市の商店街はシャッター通りとなり、沖縄平均(全国最大の失業率)よりも牛一業率が高く、その他の沖縄島北部地域でも過疎化が深刻になっている。基地の誘致で地域経済は活性化するのではなく、かえって外部資金に依存した経済が形甜され、自治の力を奪い、経済活力が減退するというのが沖縄の実態」

 しかしその奄振が心もとなくなってきたのが、反対運動一色にならない契機をなしていると思える。

-徳之島の地域振興はどうあるべきか。

 「徳之島には、アマミノクロウサギをはじめ貴重な動植物、長寿社会、多様な農産物など多くの宝がある。地産地消を促進し、有機農産物のインターネット販売等のほか、エコツアー(環境と観光)、ブルーツアー(漁業と観光)、グリーンツアー(農業と観光、ウェルネスツアー(健康と観光)等の観光業も発展するのではないか」

 「高齢化の進んでいる日本において徳之島は『楽しく豊かに生きる長寿の島』としてモデルになる可能性もある。しかし、基地が建設されると島の高良の多くは破壊される。また基地依存経済において、多くの利益を得るのは島外の企業や人、政治家などであり、カネが島の中で循環しないというのが沖縄の経験だ。沖縄での失敗を徳之島で繰り返さないことを強く望む」(聞書手・久岡 学)

 ぼくたちは松島さんの心ある声を受け止めつつ、徳之島、そして奄美の生きる道を掘り下げなければならない。

僕の印象は一人の徳之島二世としての印象ですが、もしこの印象が当たっていれば島で暮らしている人たちの切実さはどれほどのものだろうかと心配します。昨年12月に島に墓参りに行った時もやはり街の印象は人が少なくなったなーという空気でした。でもそれは徳之島だけのことではなく奄美諸島全体のことで、それは寂しさではなく、程よい状態になったのかもしれません。ただそれを寂しいと感じる島の声が上がり、一人でも多くの徳之島の島んちゅを増やすためには産業がないといけない。それは農業では満たされない、大きな産業が無ければならないという声が切実さを伴って米軍普天間飛行場移設の話と結びついたら、それは『徳之島自立論』になる可能性はあると心配するわけです。(「徳之島への米軍普天間飛行場移設が『徳之島自立論』につながる可能性」

 内省する奄美の声に納得を与えられるものを得るためにも。


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コメント

馬毛島がこうなってます。
空中写真と動画あり。どこが資金出しているのだろうか。
http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=22500

投稿: kayano | 2010/03/03 10:16

喜山様


ご無沙汰しております。昨年は沖縄と奄美を結ぶコンサートお疲れさまでした。今年初め、琉琴にいったとき、ビデオでコンサートの一部を見せて頂きました。

この度は、徳之島への基地移設問題について私のコメントを紹介してくださり、感謝します。
お願いがあるのですが、インタビューの内容を私のブログに転載してもよろしいでしょうか。
どうぞよろしくお願いします。

投稿: 松島泰勝 | 2010/03/05 09:15

松島さん

遅くなってごめんなさい。
間抜けなタイミングでなければ喜んで。
琉球弧、がんばらなければいけない時ですね。

投稿: 喜山 | 2010/03/15 22:00

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