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2010/02/09

『凌辱されるいのち』

 安里英子は、「従軍慰安婦」や「朝鮮人軍夫」の問題に直面したとき、動揺する。

 私はその時々の都合で沖縄人になり、日本人になってはいないか。たしかに心情的に日本を拒否する心を沖縄の人々はもっている。沖縄戦における全人口の四分の一に及ぶ住民の犠牲。その責任は日本軍・日本政府にある。戦後の今でも、在日米軍基地の七五%が沖縄に存在しているという現実。誰も日本政府を信じてはいない。沖縄人は常にヤマト(日本) に「怨念」を感じている。
 そのため、沖縄人が自らのアイデンティティを問うとき、支配者である日本と被植民地である沖縄(私)との関係でしか思考してこなかった。すくなくとも私はそうであった。高校生の時以来、悩みつづけた「わたしは、何者だ?」という命題、すでに答えをだしたはずの命題。だが長い精神的屈折をへて得た自らのアイデンティティは、今、崩れようとしている……。(『凌辱されるいのち』

 被害の側なのになぜ責任があるとしなければならないのか。しかし個々、具体的には加害者として振る舞う場面があった。そのことをどう受け止めればいいのか。

 しかし、たいていの沖縄の人々にとって戦中・戦後の責任問題は、そう簡単ではない。日本軍によって多くの犠牲者を出した沖縄が、なぜ日本国家の責任までとらなければならないのかという心情は、「その当時子どもだったから」、あるいは「まだ生まれていなかったから」責任はない、という回避と違い、アイデンティティの問題がからんでくるだけにきわめて複雑なものがある。

 ただ、私自身のことでいえば、私自身のこれまでのアイデンティティを形成する過程をこう解析する。多くの被害を受けてきた民族の場合、奪われた主体を回復あるいは確立する過程において過剰な自己主張がなされる。それなしには主体の回復はあり得ないわけだが、しかし、一方で排他的な要素も生み出し、利己的にさえおちいる場合がある。つまり自己を主張するあまりに他者が見えなくなることが、しばしばある。幸い、私はこれまで、女性たちの国際的ネットワークや、様々な市民レベルの国際会議や集会に参加する機会が数多くあり、その交流の中で多くのことを学んできた。

 同様のことに、寄りそうように別の形で向き合うことがある者には切実さがやってくる。

 どう考えればいいだろう。自国の民衆に戦争を強い、他国の民衆に害を及ぼした責は国家にある。国民はその責任を果たす国家をつくらなければならない。一個人としては、自分の判断でやれることを行う。それは契機に従う。また、その行為は当為として強いられることではなく、自分に関わることで他人に当為を求めない。

 ぼくはそう、考えてきた。練り上げてきたというより、自分の漠然とした構えを言葉にすると、こう言えるのではないかというものだ。ここから、では自国の民衆であることを近世に、あるいは近代に強いられた者はどうなるのか、また、責任を国家が果たしているは言い難いと思えるときにどうなるのか。しかもそのことを自国の民衆であることを強いられた経緯の者はどうすればいいのか。そういう問いがやってくるが、安里が向き合ったのも同様のことだと思える。

 自国の民衆であることを強いられ、かつ国家がその責を果たしてないと感じられる場所では、「独立」の議論が起きるのは必然的だ。

 そもそも沖縄の独立とは何なのか。実は、この原稿を書きはじめるついさっきまで数人のメンバーとこの議論をしてきたばかりである。毎年沖縄の施政権が日本に返還された五月一五旦別になると、在日沖縄人(彼らは自らをそう呼ぶ)の幾人かが帰ってきて基地の周りを行進するのだが、合間をぬって三々五々集まっては独立論をテーマに議論することも恒例になってきた。議論の中でそれぞれが思い思いに沖縄の自立や独立への思いを語る。

 ぼくは「在日沖縄人」という自称を持っていない。奄美は「沖縄」ではなく、「奄美」という共同性も持っていない。それは自他に認知、受容されていない。しかし仮に「奄美」という共同性があったとしても、在日奄美人とはぼくは言えない。在日与論人ということであれ。それは日本人であることが自明だからではない。在日与論人ということで、非日本人としての印が浮上してくるからでもない。本当に在日と言わなければならない、在日朝鮮人の立場を考えれば、それはどうしても腰の軽いものになると思えるからだ。

 しかし、仲間たちとの議論の中では、戦後の自治論は一つの拘束のようなものがあると指摘された。それは当時の議員たちが、戦前の日本教育を受けてきた者ばかりで発想はその枠内でしかない、ということである。沖縄の自治、あるいは独立のモデルはもっと自由に日本の枠を越えてアジアへと広がるべきではないか、と。私たちのこのような議論を新崎盛時氏は「居酒屋論議」として批判したが、私はむしろこのような自由な議論を、しばらく楽しんで聞いていたいと思う。

 ぼくも「居酒屋論議」という批判も妥当ながら、その議論ができるならそうすべきだと思う。それは未来への構想を養うものだ。

 独立論が、実行性のある自治運動に発展するにはまだまだ自由な議論を重ねていく必要がある。性急に政治課題へともっていくとかえって民族主義的方向へ向かってしまいかねない危険怪もある。しかしヤマト政府の沖縄への重圧と利用がこれ以上続けば沖縄の鬱積した思いはどう爆発するかわからない。言葉にならない多くの沖縄の民の思いを、ヤマトの人々はもっとしっかり受け止めるべきだろう。

 漠然とした構えからいえば、ぼくなら「ヤマトの人々」は「ヤマトの政府」と言うだろう。

 米軍再編にともなう日本政府による、ますますの沖縄差別(植民地化)は、沖縄内部の独立への指向を熱くさせるものがある。ただ、今のところ「沖縄独立」論はきわめて心情的で、共通の政治的課題にはなっていない。沖縄独立論とヤポネシア論、反復帰論の違いは、沖縄の民族国家を目指すか、国家をも超える「自治社会」を目指すかという点にある。九六年の日米特別委員会(SACO)で、普天間基地の返還が決定され、その代替基地としての名護市辺野古への新基地建設計画が進められて以来、沖縄は再々内国植民地としての辛苦をなめさせられている。そのため、排他的な沖縄民族主義が声高になっている。極端な民族主義は他との連帯を拒む。しかし、広くアジアの視点にたつとき、私たちはいまこそ、民族主義を超え、ヤポネシア論や反復帰の思想に学び、発展させるべきではないだろうか。

 この「反復帰論」を梃子にした「自治」の議論にたどり着くところで、ぼくは、「NPO法人ゆいまーる琉球の自治」の松島泰勝が展開している「自治」の意味を受け取ることができいたように思えた。


   『凌辱されるいのち―沖縄・尊厳の回復へ』

Inochi

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