« 「近代化への出発」2 | トップページ | 「この〈日本〉に〈異族〉として」 »

2010/02/18

「近代化への出発」3

 せっかくだから弓削の作成した表から、与論島の経緯を追ってみたい。

1875(明治8)年
・与論島支庁、設置。

1879(明治12)年
・郡役所出張所、設置。

1880(明治13)年
・郡役所出張所、廃止。沖永良部管轄に。

1887(明治20)年
・瀬利覚を立長に
・中間を那間に

・1村。立長村。

1908(明治41)年
・1村。与論村。


 なんと、与論は21年間、「立長村」と呼ばれていたことがあった。この間、島名は「立長島」だったのだろうか。まさかね。

 大島がぶつかっている近代化をまるで余波のように受け取りながら、確実に奄美としての近代のなかに取り込まれていく姿を見るようだ。


 P.S.今日は方言の日。ゆんぬんちゅちち、あわりしちあいちきちゃいやー。なぐりゃー。


|

« 「近代化への出発」2 | トップページ | 「この〈日本〉に〈異族〉として」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「近代化への出発」3:

« 「近代化への出発」2 | トップページ | 「この〈日本〉に〈異族〉として」 »