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2010/02/01

『日本はじっこ自滅旅』の大島、加計呂麻島

 もう戻ろうかと考えている折、家内から電話で、「しばらくかえって来ないで」と言われ、鴨志田はまた逃げるように鹿児島から船に乗り、名瀬で降りる。引用するのは、入舟町のバーでのこと。

彼女の出身地へ行ってみたい、と思った。
「生れはどこなの」
 娘に聞いてみる。
「私はここ。でも母さんは奄美の南にある加計呂麻という離島出身です」
 母親は二人の会話が耳に入ったのか、すっと近付き、
「良い所ですよ、加計呂麻は。奄美の原風景が残る場所です。お客さんは旅行でしょ。行ってみて下さい、ぜひ」
「いいですか、そんなに」
「いい所です。掛け値なしに」
「よし、さっそく明日行くか」
「レンタカーが必要ですね。バスは一日中走っている訳ではないですから」
 原風景という言葉を聞いて、やっと聞いてみたい質問が見つかった。
「奄美は鹿児島県ですよね。自分は鹿児島県民と思う時はありますか」
「うーん……」
 母娘は首をひねって考えこんだ。
 母親が、
「どうでしょうかねえ、何か……、もちろん県民ですよ。しかし、我々は我々、という考えがやはり強いかなあ。御存知かもしれませんが、太平洋戦争後、私達の島々もアメリカから返還されて今年やっと五十周年なんです。戦後すぐに日本、となった訳ではないのですよ。沖縄より早かったけれど、やはり、何か、どうも。まあこんな話、いまさらながらですから。やめましょうね。さっ、乾杯」

 客が誰もいなくなった店で、三人でウィスキーのロックを飲み許した。
「じゃあ、もう一つだけ質問。自分達は鹿児島人ですか、それとも沖縄人でしょうか」
「奄美人です」
 と母親はきっぱりと答えた。
「でも沖縄人の心は判りやすい」
 とも言った。

 母親の、「奄美人です」に言う「奄美」とは、加計呂麻島を含めた大島のことだと思う。ぼくも、「自分達は鹿児島人ですか、それとも沖縄人でしょうか」と聞かれたら、真っ先に「与論人です」ときっぱり答えそうだから、そう思う。

 鴨志田はアイデンティティのありかに対する問いかけが上手い。それは別の形で自身が問い続けていたからに違いない。

 その、勧められた加計呂麻島で、「楽でいいよ」と言う、内地から流れてきた青年に向かって鴨志田は言う。

 もう、いい。青く美しい海にもう別れたい。ふいに、そう思った。
 逃げたくはない。ただ思うがままに生きたい。
 少しだけ、理解した。
 彼ら若者は勝負をしていない。そんなものしてもしなくてもどうでも良いといえばそれはそれで良いのかもしれないけれど。
「俺はもうここを出るよ。好きに生きたいからな」
「おにいはこの島一日だけかよ。もっといればいいじゃないか。楽でいいよ」
 その言葉に一気に心が沸騰した。
「死にかけたんだろ、自由を感じたんだろ、人が他所へ出て行く時は、ほったらかすんだよ。気を付けてなんてかっこよすぎるし。まあ死ぬなよ、くらいで丁度いいじゃねえか。何だよ海は青かったなんて。生きのこった奴は何も言うなよ。あえて言っていい言葉はな、『ああ、どうにか死なずにすんだ』くらいだぜ。
 俺は君の生き方は嫌いじゃないよ。でもね、何だか自分でもよくわかっていないんだけど、〝自由″ってさ、いくつもの得体の知れない恐怖に抗って行く事じゃないのか」
 背をぴんとのばし、「ハイ」と彼は言った。
「じゃあな」
 車のエンジンをかけ、港まで向うと、丁度船が出る所であった。

 この啖呵はいい。鴨志田が自分自身に対して言い放っているものでもあるから、恰好いいのだ。

   『日本はじっこ自滅旅』

Hazikko

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