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2010/01/19

「400年語り」で奄美は姿を現したのか

 2月13日のシンポジウム「「独立/自立/自治」を考える-沖縄、奄美、ヒロシマ」のレジュメ。お題に対しては、「「400年語り」で奄美は姿を現したのか」と応えたいと思う。これをもとに更新していく。


「400年語り」で奄美は姿を現したのか

1)奄美とは何か

自治、独立の基礎、前提としての自立、と受け取る。
奄美。この小さな場所を世界模型として起点にするしかない。

アイヌ、奄美、沖縄-まつろわぬ民たちの系譜
まつろわぬ、どころではない
では何か。失語というのがふさわしい。

二重の疎外。「奄美は琉球ではない、大和でもない」
『奄美自立論』


2)奄美にとって自立とは何か

「400年語り」のなかの奄美。 「琉球国之内」
しかし、本質的には、「内証の事」

中国に対してだけでなく、幕府(日本)に対しても隠したということ。

薩摩にとっての奄美。配慮不要の存在。存在しないかのような存在として扱う。
薩摩内の奄美。隠されたということ。存在しないかのような存在として振る舞う。

政治意思としての鹿児島。維新止まりと他者の不在。
鹿児島内の奄美。琉球文化を持ちながら、それを表現することができない。

奄美にとっての発語。隠されてあることを解く。
歴史の副読本を奄美主導(鹿児島ではない)で作成が決まる。まだこの段階。


3)「400年語り」の課題とは

「奄美と沖縄をつなぐ」

「沖縄県・鹿児島県交流事業」
沖縄県、鹿児島県知事が奄美大島で交流宣言。

鹿児島県。頬かむり的な素通りの態度。
奄美。少数年長者層の抗議と多数の引き、非関心。
両者の懸隔を縫って、交流宣言に呼応する声も通り過ぎた。

鹿児島。なぜ、奄美に向き合えないのか。
それをすれば、県が絶対視する明治維新や西郷隆盛を相対化せざるをえなくなる。
しかしそれができなければ、時は止まったまま。

奄美。島役人批判への傾斜。
鹿児島県批判に向かうところで内向する。かつて琉球王国、いま島役人。
依然とした傾向。

県と市民社会を区別する必要がある。

身体性にすらなっている無力感、諦念。
「奄美の人々は、長いあいだ自分たちの島が値打ちのない島だと思いこむことになれてきた。本土から軽んじられると、だまってそれを受けてきた」(島尾敏雄「奄美 日本の南島」)


4)どう語るのか。「160q」から「1Q84」へ

『1Q84』(村上春樹)。1984年からタイムスリップ。
しかしリアリティがあるのは、「1Q84」

奄美。1609年に160q年へタイムスリップ。

通時 「160q」のことを「1609」へ

・歴史に登場することのない時間を歩んだ。
黒糖工場化と貨幣流通の禁止/近代化は植民地解放的な闘い/日本復帰のズレ
・史実の発掘(弓削政己)

共時 「1984」ではなく「1Q84」に

・絶対的経済貧困からの脱出と過剰なイメージ

何を語るか、とともに、どのように語るか。

・過剰への着目
たとえば、400年の歴史を身近に呼吸できる

・世界観の共鳴
粟粥の呪術とインターネット

「400年語り」で奄美は姿を現したのか
・アジールとしての見え隠れ

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