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2010/01/02

成人式・シゴーの中棚・成人祝い

 与論島の成人式に出席した。二十数年前は出られなかったので、遅い成人式に出させてもらった気分だった。おまけに、少しおしゃべりもさせてもらった。いつもならその内容を備忘録のように挙げるところだけれど、与論のことはあまりに身近なことで、何かとても気恥ずかしいので、聞いてくれた方たちの胸の内に評価も記憶も託そうと思う。ぼくとしては、郷里で話すのは初めてのことで、ある意味で願いが叶ったことなのに、叶うことの怖れのようなへんてこりんな気持ちだった。

 会場では偶然のように三十五年ぶりに同級生に会うことができた。でもそれは偶然ではなく、なんと息子が二十歳になったということだった。同級生の子が二十歳になるのはもう少し先のことと漠然と思っていたので、これには驚いたが、そのおかげでこうして再会できたことを思うと、おしゃべりする機会をいただいてよかったとやっと思えた。祝いの場に呼んでもらって、ひとしきりむぬがったい(物語り)をさせてもらった。ぱーぱーとは、戦中のこと、昼は壕に眠り、夜は兼母、いまのプリシア・リゾート近くに草を刈りに行き、そこで艦砲射撃や空襲を受けたこと、沖縄が夜も燃え上がってみえたこと、敗戦のあとは米軍の処置が分からず不安で、ご馳走である豚を食べていたことなどを教えてもらった。与論の子はみんなに見守られて育っていくのを知った。

 実は、式と祝いのあいだは、与論のシマウタで存在はよく知られているものの、その場所は謎になっていたのを、最近つきとめた盛窪さんに案内してもらった。道無き急斜面をガジュマルの根茎などを頼りに降りていった場所にそれはあった。与論のシマウタに名高い、シゴーの中棚、である。そこで沖縄島を臨みながらの盛窪さんとの民俗談義が至福、しふくだった。シゴーの中棚のことは少し詳しく書いてみたい。ゆんぬデイズを満喫したあとに。


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コメント

お祝いに来て下さりとーとぅがなし。
貴殿のおかげて母も大変喜んでいました。
また、うぁーちたばーり。

投稿: ヨシ | 2010/01/04 10:18

ヨシさん

感慨深い夜をとうとぅがなし。また寄らせてください。

投稿: 喜山 | 2010/01/04 21:42

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