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2010/01/31

『日本はじっこ自滅旅』の与論

 誘われるように追われるように見捨てられるように、巡りめぐって鴨志田穣は与論島まで辿り着く。短い文章だから、全文を挙げてみる。

 奄美本島へ着岸し、車のスピードを上げ、空港へと向う。
 与論島への最終便に乗る事が出来た。
 与論に観光客は全くと言っていいほどいない。
 日本の端は沖縄に変ってしまったからだった。
 どうしよう。鹿児島の先っぽまでは来てしまった。
 それにしても寂しい。
 メシもことごとくまずい。
 東京へ帰ろうか、それともこのまま進んで行こうか、居酒屋のカウンターにひじをつきながら焼酎をあおっていると、中年のおやじ三人が一升瓶片手にどかどかと入って来た。
 僕を一瞥するやいなや、
「きっ、飲むか」
 と一番年上と思えるおっさんが話しかけて来た。
「い、いや、そんな突然失礼じゃないですか」
「なにを言うか、年上からの酒が飲めんとは青年、お前が失礼だろ」
「わかりました、頂きます」
 言われるがままに杯を乾すと、またおやじは怒り始めた。
「お前は礼儀も知らんのか。まず自分の身分を明かして、〝いただきます″と杯を乾すんだ。やりなおし!」
 どぼどぼと焼酎を入れられ、〝おひけいなすって″という程の力はなかったが、流れ流れてこの島まで本を書きにやって来たと自己紹介をした。
「うん、そうか……」
 次はおやじの番である。
「ここ与論のちょっとえらい男だ。少しくらいの無理は利くぞ、したい事があったら言え」
 また一気飲みである。
 いつまで続いたのか、一升瓶はいつの間にか三本目になっていた。
「おい青年。人はなんで生きていられると思う」
 突然の哲学にたじろいでいると、おやじは、
「太陽なんだよ」
 と答えた。
「海が青くて魚がいっぱい泳いでいるのも、さとうきびが育ってパインが甘くなるのも、男と女が月の夜に抱き合うのも、全て太陽があるからなんだよ。
 沖縄にな、久高島という島があって、小さくていい波も立つから、そこにサーファー目当てのリゾートホテルを作ろうと思ったんだ。そしたら村長がだめだって言い張るんだよ。何故って闘いたらこの島の所有者は〝太陽″だからだって言うんだ。我々島民も太陽から土地を借りてるんだから、そんな勝手な事は出来ないって言われてな。
〝ていだ″(太陽)のはぐくみなんだな。
 与論は沖縄が日本になって、すっかりさびれてしまったんだ。どうにかしなくてはと思って考えたら、同じていだの心を持っていればそれでよかったのき。
 那覇も、もう少ししたらさびれるよ。ていだを忘れちゃってるからな。今度地図をよく見てごらん。奄美大島より西の島は、栄えた港町は全て西を向いているんだ。与論もしかり。
 何を見ていたと思う。
 中国なんだよ。
 琉球は〝日出ずる国″ではなくて、〝日がしずむ国″を見つめていたんだね。小国が自由をもとめてもがいたのさ」
 居酒屋の壁に三匹、やもりがテロチロと虫を捕らえようとうごめいている。
「チチチッ」
 と鳴いた。
 声を聞いていると日本なのか、東南アジアのどこかにいるのか判然としなくなってくる。
 おやじに聞いた。
「与論は日本ですか、それとも琉球ですか」
 しばらく宙を見つめるおやじ。
「夏の甲子園は絶対沖縄の高校を応援しとるな」
 どうやら無辺際まで来てしまったようだ。
 もっと西まで行くしかないのだな。

 与論に特段の思い入れを持たない者が、島の素の表情を捉えている。

 こともあろうに久高島にリゾートホテルをと考える「おやじ」の発想の無知さは同じ島の者として恥ずかしいが、太陽信仰に行き着くところは島の人らしい。「夏の甲子園は絶対沖縄の高校を応援しとるな」という述懐などはそのままぼくにも地続きだ。「与論は日本ですか、それとも琉球ですか」という問いかけが気が利いているが、この回答もいい。

 その声を聞くと帰省の実感が湧くヤモリについて、「声を聞いていると日本なのか、東南アジアのどこかにいるのか判然としなくなってくる」というところで、自分の日本に対する距離感を別の言い方で言ってもらった気がした。

 「無辺際」を鴨志田はどういう意味で言ったろうか。


   『日本はじっこ自滅旅』

Hazikko

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コメント

 >太陽信仰に行き着くところは島の人らしい。

 ★激しく同意ですね。

 >「与論は日本ですか、それとも琉球ですか」という問いかけが気が利いているが、この回答もいい。

 ★これまた120%(笑)同意です。

投稿: アカショウビン | 2010/02/01 07:15

「太陽なんだよ」は、ランボーのようで分かります。琉球弧の島々……。年末年始、ふと加計呂麻島を歩いてみたくなり、4日間ほど彷徨いました。一人の旅人の感想ですが、加計呂麻島に確固たる価値、いやそれ以上の「固有的なもの」がまだ、まだ「ある」と感じました。単に南の島とか、端であるとかでなく、目に見えない時間と空間、そんなもの。そういう「外」の空気を感じる旅をしたいと思います。「内」にばかり向かうと、感性が死にます。

投稿: tssune3 | 2010/02/01 09:38

アカショウビンさん

絶妙な問いかけ方に鴨志田さんのセンスを感じます。

投稿: 喜山 | 2010/02/03 18:05

tssune3さん

その加計呂麻島で企業進出の問題が持ち上がっています。「ある」島であり続けてほしいですね。

「外」を感じる旅、よかったですね。

投稿: 喜山 | 2010/02/03 18:06

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