« Twitter入門記事 by mizumaさん | トップページ | 「近代日本の地方統治と『島嶼』」3 »

2010/01/08

「近代日本の地方統治と『島嶼』」2

 高江洲は町村法の草案の時点から、「島嶼」は施行外地域であったことや、ある段階では内地のいわゆる「僻地」もその対象だったがすぐに削除されたことを明らかにしているのだが、そこにあった論理はこういうものだった。

それ(大森鍾一文書の『島喚ト地方制度』-引用者注)によると、「島嶼」は「風化ノ及フ古へヨリ一歩ヲ後ニシ人情風俗亦内地ト同カラス」という「島嶼」認識を示した後、「維新ノ后治化大二拡張シ旧慣ヲ産革シ画一ノ政ヲ旛カントスルニ及テ島陸ヲ併セテ之ヲ一律ノ下二置」いたけれど、その結果「新政却テ不便アルヲ聞クニ至レリ」という画一主義の行き詰まりが存在することを指摘している。画一主義が行き詰まった理由を、「島嶼ノ状態内地ト併馳スルコト能ハス…同一ノ政令ヲ行フ可カラサルハ情勢ノ当二然ルへキ所ナリ」と、「島嶼」の側に原因を帰する論理で説明している。(「近代日本の地方統治と『島嶼』」

 最初、「島陸」をあわせて「一律のもと」に置いたけれど、かえって不便であると聞くようになった。島嶼の状態を内地と合わせて馴らすことはできない。同一の政令を行うことができないのは当然である。

 一連の流れから高江洲は、ここに内地と一緒にすることはできないのは「島嶼」の側に原因があるという論理を抽出しているのだが、重要な視点だと思う。これは近代民族国家の理念はその初発から挫折したことを教えている。島嶼が例外になるのは島嶼に原因がある。しかしその理由は明示されないとすれば、島嶼は島嶼だから近代民族国家の理念からの例外になると言っていることになる。そう見なせば、ここにはある観念の志向性の印象がやってくる。

 近代民族国家はその後、その空間領域を膨張させていこうとするのだが、そのときそのイメージは酵母のように、ひとつづきに膨らんでいくものとしてイメージされていたのではないだろうか。すると、そのイメージにとって陸地が途絶える、あるいは次に大きな陸地が続かないのは矛盾と感じられたことを意味するのではないか。それだから、島嶼は島嶼であるという理由だけで「例外」とされても、それ以上突き詰められることはなかった。突き詰めるということは、近代民族国家理念の限界に直面することだからである。

 近代民族国家としての日本は無意識にひと続きの空間を願望していたとすれば、島嶼はその障害になる。もしかしたら、それは自らも実は島嶼であることを直視しえないための結果であったかもしれない。高江洲によれば島嶼はすべて例外であったわけではない。たとえば、瀬戸内海の島々や淡路島は例外地域としての島嶼には指定されないが、ここでの考え方に従えば、それらは陸と陸の間にある島であり、それはひとつづきの空間幻想を邪魔しない。しかし一方、隠岐は例外だが、佐渡島は例外ではない。また、対馬は例外だが五島列島は例外ではない。佐渡島も五島列島も内地に近いということかもしれないが、その根拠は一つひとつ確かめなければ、恣意性は免れない。しかしここにひとつづきの空間幻想という視点を導くと、それがひとつの根拠になっているとみなすことはできるかもしれない。

 こうして、その内在的な根拠が突き詰められないまま、島嶼は例外化される。島は島だから例外になった。しかしこのことは現在でも続いている認識である。島嶼は捨て石になりやすく、また経済的な劣勢に置かれても、あまり顧みられることはないという現状をもよく説明してくれるのだ。島は島だから例外である、ということだ。


Chihou

|

« Twitter入門記事 by mizumaさん | トップページ | 「近代日本の地方統治と『島嶼』」3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「近代日本の地方統治と『島嶼』」2:

« Twitter入門記事 by mizumaさん | トップページ | 「近代日本の地方統治と『島嶼』」3 »