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2009/12/11

「奄美の明暗」

 酒井卯作さんが44年間続けてきた「南島研究」の第五〇号(2009/11/20)冒頭には、「奄美の明暗」というエッセイが置かれている。

 薩薩摩支配から今年は四〇〇年。奄美でもその歴史をふり返る機運がある。そこで二つの問題をとりあげよう。一つは西郷隆盛の奄美に対する悪業である。明治維新に黒糖自由販売を隠して、黒糖詐取を続け、抗議に上鹿した奄美の若者たちを投獄、もしくは西南役にかりたてて戦死させた。奄美を低く見た薩摩の態度がこれでよくわかる。

 第二は奄美自身の問題だ。復歸前の奄美では本土への渡航が許されなかった。その頃、自分を犠牲にして奄美教育に貢献した二人の男性がいた。深佐源三・森田忠孝の両氏である。隔絶した本土の教育事情を知り、教材なども入手する必要があったので、警察の日を潜りぬけて「密航」 をした。そして多くの困難を経て目的を果たして奄美に戻った。快挙というべきだったが、しかし「密航」を密告するものがいた。結局二人は教壇を追われ、そして再び教壇へ戻ることは許されなかった。

 この話は、私も教員組合委員長をしておられた三原明大氏から東京で直接聞いた。やるせない話である。奄美の人の心の狭さと、これを助けられなかった周囲の人たちの無気力を思わせる。奄美社会にある明るさと暗さ、それを反省する機会、それが薩摩支配四〇〇年の課題なのだ。               (文卯之吉)

 この後者のエピソードは、NHKの「南の島の先生 命がけの密航記」でも触れることのなかったもので、知らなかっただけにショックだ。しかし、静かに内省すれば、起こりうることは了解されてくる。これが事実なら、「奄美の人の心の狭さと、これを助けられなかった周囲の人たちの無気力」は、奄美の課題として受け取らなければならないと思う。

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