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2009/12/21

「記憶のなかの戦後65年」

 「日本にとって沖縄とは何か」シンポジウムのレジュメのなか、ぼくが衝撃を受けたのは、我部政明の「記憶のなかの戦後65年」のなかの次の一節だ。

 論争しあっているときに、相手の意見を「それは感情論だ」と指摘する人がいる。それは、「忘れてほしい」、「水に流してほしい」という自らの要求を示しているにすぎない。しかし、相手の抱く忘れがたい記憶がうれしいとか悲しいという感情に包まれている記憶であることを忘却してしまった主張である。「感情論」指摘を持ち出すとき、それは議論の一方的打ち切り宣告の役割を果たしているにすぎない。

 この400年の問題をめぐっても、歴史は両者の視点で見なければならない、とか、もう片方だって苦労したという点を忘れてはならないという言及が見られることはあった。そういう言説に出会うと、そのあまりの正しさに、言葉を失ってしまう。そして思わず感情が噴き出しそうになるのだが、それらの言説には、「それは感情論だ」という言葉が次に用意されている。

 我部の言い切りは、そうして言葉を無くしてしまう者に、そうする必要はないと言ってくれているように聞こえてくるのだった。


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