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2009/12/27

「奄美諸島も一つではない」

 12月18日、鹿児島県立短期大学で前利潔の「現在から琉球侵攻400年を考える」講演会が行われている(「南海日日新聞」12月23日)。

 前利氏の講演は島津氏が奄美、琉球を侵攻した1609年を起点とするのではなく、現在から近代、近世へとさかのぼって「400年」を考察した。

 400年との関係が見えなくなっている世代も多くなっている現在、このアプローチは、いまとのつながりから考えられるようにする手続きとして重要だと思う。

まず11月21日、奄美市笠利で行われた沖縄・鹿児島連携交流に言及、一般市民の参加がほとんどなかった。各地のシンポジウムで『琉球侵攻、侵略』が使われているにもかかわらず、発言やあいさつは『出兵』を使うなど1609年の出来事をあいまいにしようとする姿勢が顕著だった」と問題視した。

 1973年、原口虎雄の『鹿児島県の歴史』では、「征琉の役」と言いい、1999年、原口泉が主執筆者である『鹿児島県の歴史』には、「琉球出兵」とある。「侵攻」、「侵略」の言葉は見られない。ところが、「琉球・山川港交流400周年事業」では、原口泉は、「侵略」という言葉を口走る。要は知ってて使わないのか、と思わざるをえない。

 「沖縄・鹿児島連携交流」は、市民不在であったことが、この事業の本質をよく物語ると思う。

 前利氏は「沖縄は中国との進貢貿易によって中国化が進んだが、奄美諸島の場合は薩摩支配(藩役人の通婚、遠島人教育)を通してヤマト化が進んだ」と考察する一方、六調、言語からみても沖永良部と徳之島の間では境界線が引かれる。奄美諸島も一つではない」と指摘した。

 琉球は、「琉球は大和ではない」という規定を受ける。中国との関係を妨げないためにそうしたという面もあるから、中国との交流は進んだ。一方、奄美は、琉球の一員としては「琉球は大和ではない」の延長に「奄美は大和ではない」という規定を受けながら、同時に、「奄美は琉球ではない」という規定も受け取っていた。だから、奄美の大和化は全面的ではなく部分的にとどまり、また島役人の保身や貴種への変身願望を伴うものだった。

 「奄美諸島も一つではない」ということは、ほんとうはどこの島でも言えることだ。しかし、奄美は島々をまとめる言葉を持ったことがなかった。「奄美」という言葉ですら、たとえば与論島では自称として成熟していない。奄美において、島一つひとつが大切だというのは、琉球と大和という日本を二分する文化の境界グラデーションがここにあるからだ。この振幅の大きさを見ないと、薩摩の琉球侵略の持つ意味の大きさを図り損ねることになる。


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コメント

こんにちは。この記事に関連する件で少しご意見を伺いたいです。前利氏が以前「奄美復帰時期尚早論」を唱えていて、そこで復帰が遅れていれば奄美としての一体感が熟成出来たのではと述べられていた件についてです。
私自身としてはこれは有り得なく、逆に沖縄化、厳密に言えば沖縄本島化・一体化が促進されたと考えています。例えば先島では、前利氏が唱えるような独自の地域意識があるのか、結局は思想面においても沖縄本島化しただけではないかと疑問だらけです。
奄美群島政府が存続していれば、今度は奄美大島化していたとも考えます。
もう一点の疑問は「現在から琉球侵攻400年を考える」と題目通り、侵攻以後の歴史ばかり注目してそれ以前の研究成果が埋没してはいないでしょうか。

投稿: ああ? | 2009/12/27 20:50

ああ?さん

沖縄化、大島化、ありえたかもしれないですね。
島はそれぞれ文化の独自性は高いですから、沖縄化、大島化といってもそれは職場のことになったかもしれません。

「奄美群島政府」が存続しても地域の一体感は直接にはつながらないかもしれないですね。別の面では少なくとも今よりは「奄美」という言葉が定着していたかもしれないと感じます。

ぼくはリアルタイムで読んでいないのですが、復帰に対して奄美は相対化する議論が起きないので、「奄美復帰時期尚早論」はこんな思考実験を促しますね。

「現在から琉球侵攻400年を考える」の講演はぼくも新聞記事でしか確認していないので、前利さんご本人にお聞きになってはいかがでしょうか。

400年以前のことは知りたいですね。

投稿: 喜山 | 2009/12/28 10:38

こんにちは。不躾な質問にお答え頂きありがとう御座います。ご存知かなと思っての事でしたお許し下さい。この件は前利さんが奄美大島で講演を行う時にでも質問をして見ます。

投稿: ああ? | 2009/12/30 07:56

ああ?さんは大島の方ですか?

いろんなしまんちゅの声をお聞きしたいので、また感じたことなど、教えてください。

投稿: 喜山 | 2009/12/31 15:43

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