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2009/12/27

「消滅していく生物や民族の憂いを、奄美固有の文化や言語にも感じないわけにはいきません」

 印象的な文章だと思ったら、島尾伸三のものだった。

奄美群島(南西諸島)は、沖縄と南九州との中間に位置し太平洋と東シナ海のせめぎあう亜熱帯の海に浮かぶ島々です。昇曙夢(のぼりしょむ)(1878―1958)は、この南の島の小学校を出ると鹿児島でロシア正教へ入り、やがてニコライ正教神学校(東京お茶の水)に入学。ニコライ・ロシア語学院長を経験した希有(けう)の人。ゴーゴリ、トルストイ、ツルゲーネフ、ゴーリキー、ドストエフスキーなどの翻訳、ロシア・ソビエト文学史、ソビエト演劇の著書も手がけ、明治、大正、昭和のロシア文学の紹介には大きな足跡を残しています。昇曙夢が晩年に熱中したのが、忘れ去られた奄美の歴史を掘り起こす仕事。彼の執念が結実した「大奄美史」の初版は71歳の1949(昭和24)年刊行。没後も再販が繰り返される奄美史の古典です。

 そう、古典。

 薩摩による奄美琉球侵攻400年にあたる今年2009年に復刻版が出ました。奄美と沖縄は1609(慶長14)年に、薩摩藩の鉄砲武装した精鋭部隊3000人の侵略を受け、琉球(沖縄)は服属させられ、奄美群島は琉球王国と分離され、薩摩藩の直接支配を受けました。奄美の歴史的な書物や記念物はことごとく失われ、歴史が消えたままでした。

 そして直接支配の事実は日本に内密にされました。

 第1篇(へん)先史時代、第2篇奄美時代(上古期)、第3篇酋長(しゅうちょう)割拠時代(中古期)、第4篇琉球服属時代(近古期)、第5篇薩藩直轄時代(近世期)、第6篇明治・大正時代(近代期)、付録奄美諸島年中行事。奄美では1―3篇時代を「あまん世(ゆ)(奄美時代)」と呼び、4篇は「なはん世(琉球時代)」、5、6篇は「やまと世(日本時代)」。太平洋戦争が終わり、奄美諸島と沖縄は米軍占領下の「アメリカ世」となり、奄美群島は1953(昭和28)年12月25日に日本復帰、鹿児島県へ編入され再び「やまと世」となります。

 そして現在。

 奄美関係の出版が南方新社などによって盛んですが、消滅していく生物や民族の憂いを、奄美固有の文化や言語にも感じないわけにはいきません。こんな弱気を昇曙夢が聞いたら激怒するかも知れません。「大奄美史」は、「方言・宗教・土俗・風習・歌謡・伝説等」を広く蒐集(しゅうしゅう)し、「わが奄美同胞が、歴史上多くの貴重なものを有しながら、全然それを知ろうともしない無関心な態度に鑑(かんが)み、30万同胞の郷土認識を高めることに努むる」という昇曙夢の全精力を込めた壮大な歴史書なのです。

 「全然それを知ろうともしない無関心な態度」というのは、それこそ奄美が被ったものへの処し方だったと思う。

 とても素直な紹介文だと思う。(西日本新聞)


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