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2009/12/20

「琉球王国の形成と奄美諸島-古代・中世の奄美諸島」

 syomuさんが送ってくれて、今日の南海日日新聞を見る。「琉球王国の形成と奄美諸島-古代・中世の奄美諸島」。曰く、「奄美研究を今後の沖縄研究の中核に位置付ける必要性を強調した」。

 記事を見る限りだが、これはなんというか、奄美を思いやったシンポジウムだったのではないか。

 高梨氏は「考古学からみた日本の南漸」と題し、群島内で発掘された土器などの文化財から南西諸島の変遷と合わせ、喜界島の城久遺跡群に見られる「在地性」の低さや、徳之島のカムィヤキ古窯跡群出土から、南西諸島の文化が奄美を出発点に広がった可能性を強調した。

 弥生勢力の南下の実態を次第にぼくたちは知るようになっているのだろうか。かつて、奄美、沖縄には古い日本が残っているというときの、その古さの根拠だ。

 また、吉成氏は「神話にみる奄美諸島の南方的要素」をテーマに講演。沖縄に分布する創世神話に奄美の方言でヤドカリを指す「アマン」や「アマミキョ」と呼ばれる神が多く登場することなどから、「奄美」の地名は「アマン」に由来しているのではないかとの私見を説明した。

 ぼくなども、「奄美」を「アマン」と結び付けて考えているので、とても共感できる。ただ、吉成も考察するように、アマは油断ならなく、天とも雨とも海とも結びつく。それが奄美=アマンについて確信的になれないところなのだ。

 講演に続いてあったパネルディスカッションで、パネリストは「奄美の遺跡が秘めた重要性に地元が気付いていない。まずは地域が重要性を精査し、中央に発死因していくことが必要」(高梨氏)、「奄美研究が一定の成果を示す中で、沖縄研究の従来の在り方を見直す絶好の機会を迎えたといえる」(吉成氏)などと述べ、奄美研究の重要性を訴えた。

 これは奄美への励ましであり叱咤激励だと思う。報告の詳細を知りたいが、世間が400年でかまびすしいなか、落ち着いた研究成果の発表の場を作ったことはとても意義があると思う。


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