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2009/12/27

薩摩の琉球侵略400年を捉える 1

 ぼく個人は、薩摩の琉球侵略400年に対して、『奄美自立論』で対峙することが、この年にできることだと考えていた。100年前ですら、薩摩の琉球侵略を正面から捉える段階ではなかった。そうであるなら、2009年は、真正面から事態を捉える初めての機会であるはずだ。

 とはいえぼくは虎視眈眈とこの機を待っていたわけではない。出版を意識して書き始めたのは秋のことだったし、ずっと前から奄美のことを考えてきたわけでもなかった。ぼくにとって契機になったのは、二十年近く前に、自分の悩みの形としてつかみだした「二重の疎外」について、ブログ縁から奄美のことを知るようになり奄美の本を読みだして、それが個人的な悩みではなく、奄美に共通したものではないかと感じたことだった。ぼくは、個人的な煩悶を、奄美を考えることを通じて、何らかの脱出口を見出せるかもしれない。その思いに囚われて書きついでいったと思う。

 ぼくは歴史記述の宿命以上の奄美のそれを思い、『奄美自立論』のあとがきに、

「二重の疎外」は二〇年近くぼくを支えた概念ですが、奄美に適用して考えたのはそれに比べれば短い期間でのことです。その分、考察には粗削りなところがあり、新しい事実の発見や認識の修正により更新されるべきものを含んでいますが、奄美の二重の疎外を克服するよすがをつくるという意味では、人さまに読まれてもいいと考えました。

 と書いたが、春に出版して同年末の現在、少なくとも二つ、更新すべき個所を持っている。ひとつは、「大島代官紀」の「序」が、大島の島役人が書いたものとは思えないとしながら、もし書いているならばと、論を進めたところ、これは薩摩の役人が書いたものであることが明らかになったこと。そしてもうひとつは、1695年と1706年にあったとされる系図の差し出しについて、少なくとも1695年については島役人からの「差上」であることが分かったこと、である。

Ⅱ、薩摩藩統治下での島役人(与人ら)の身分について
旧記、1695(元禄8)年の「差上」、系図・旧記を1706(宝永3)年の「差出」がある。意味するもの
 ①1695年の「差上」は、間切最高位の役人である与人の身分を「百姓」身分とされた事に対し、それを覆すための与人の対応として、与人が伊地知代官を通して差上げたものである。この場合、「原史料」提出と「写」の提出がある。
 ②和家は、琉球からの「辞令書」、藩からの1613(慶長18)年「知行目録」、藩からの1623(元和9)年「大島置目之条々」を元禄8年に差上げ、逆にその「写」を元禄9年に貰っている。(弓削政己「薩摩藩統治後の島役人編成内容、権限、任命者について」2009年)

 前者は八月、後者は十二月に分かった。この二つのことは奄美にとってはもちろん、ぼくにとっても重要だった。「大島代官記」の「序」をもし本当に島役人が書いたとしたら奄美知識人の屈服に他ならないし、過去の時間の流れ方からすればほぼ同時期に系図も差し出されたとしたら、それは思考収奪に他ならないと考えているからである。ところが、島役人が自ら書いてしまったことかもしれないことは、やはり薩摩の役人の所業だったのであり、薩摩の強制だと思われていたものが、実は島役人が自ら行ったことだった。どう受け止めればいいだろう。

 ぼくはこれらによって、屈服の論理や思考収奪について、そうではなかったと認識を改めるには至っていない。それというのも、それは史実の有無にかかわらず、現在の奄美の実態からく信憑として手に握られていることであり、もう片方の手にその淵源となる史実を見出したものだからだ。

 屈服の論理は、「大島代官記」の「序」の後に代官記をつづるたびのように静かに進行し、思考収奪は比例するように、島役人の方から起こっていった。それが克服しえない姿として現在も続いている。


 ※「「大島代官記」の「序」を受け取り直す」


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