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2009/12/19

「ただの唄」(「唐獅子」13)

 「異種格闘型トークセッション」が終わると、藤木勇人さんの噺へ。両親の故郷、奄美大島へ行ったときのこと。奄美ではまだ洗骨が行われているのに驚き、かつての沖縄の姿をそこに見出す。笑いのなかに哀しさを湛えて、語りは豊かにほぐされて次の部へ境なくつながっていった。

 「新感覚シマウタコンサート」は、新城亘さんと持田明美さんが奄美と沖縄のシマウタの三線、奏法、唄い方の違いを解説。そこから先、いよいよ誰も体感したことのないだろう唄の流れを聴くのだった。

 あの哀切極まりない大島の「行きゅんにゃ加那」は、徳之島で「取ったん金ぐわ」、沖縄島では「とぅーたんかに」、また沖永良部島では数え唄にもなり、哀切とは別の方へ音色が変わるのが不思議だ。

 石垣島のシシャーマ節、沖永良部島の稲しり節と徳之島の稲すり節を辿ると、徳之島と沖永良部島のあいだの音階の違いがよくわかる。

 「十九の春」の系譜では、七歳の中山青海ちゃんが「与論小唄」を唄うと、自然と手拍子と笑いが沸き起こる。続くソウルフラワーユニオンによる「ラッパ節」も出色で、かつ後半の盛り上がりを用意してくれた。

 「畦越え」では、徳之島の「畦越えぬ水節」、宮古島の「川満の笠踊り」、竹富島の「じっちゅ」、沖永良部島の「奴踊り」、の、似ているけど違う、違うけど似ている流れが面白い。そして踊らずにはいられない沖縄島の「唐船どーい」がやってきた。そして最後は「六調」へ。

 「六調」は、奄美大島と八重山のの六調が披露される。ぼくはこれまで奄美の唄会に行くと終わりが決まって六調なのを馴染みなく感じてきた。「唐船どーい」と「六調」を両方聴くのが密かな願望でそれが適った格好になったのだが、八重山のそれと聴き比べると、奄美大島の六調の激しさは意外な発見だった。

 優れた唄者と踊り手たちが、流れるように唄い継いでくれたおかげで、藤木さんの解説を挟んだ途切れない構成は、唄のつながりの贅沢な演出にもなった。もちろん最後はみんなで踊った。企画、構成した持田さんは奄美、沖縄民謡というジャンルを越えた「ただの唄」が見えたと語るが、「奄美と沖縄をつなぐ」イベントが実現できたのがそれだとしたら嬉しいと思ってきた。今、ようやく手に入れた当日のDVDを観て、ぼくも同感する想いだ。(マーケター)

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