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2009/12/20

「薩摩侵略400年 東アジア視点に研究発表」

 昨日、沖縄国際大学で行われた南島文化市民講座(「東アジアの中の琉球-島津氏の琉球侵略400年を考える-」)の記事(琉球新報)。

 「外交・貿易 幅広く議論/薩摩侵略400年 東アジア視点に研究発表」

 京都大学の夫馬(ふま)進教授は、中国や朝鮮からみた薩摩侵略の意味を検証。1724年、北京で琉球と朝鮮の使節が接触した際の史料を紹介し「国交がない両者の接触はよそよそしいものだったが、琉球使節は(侵略後)独自の『外交』指針を見いだそうと模索していたのではないか」と提起した。

 琉球大学の豊見山和行教授は、薩摩侵略と、ほぼ同時期に江戸幕府が台湾に出兵した際の外交政策が共通していると指摘。「幕府は薩摩の捕虜である琉球の尚寧王らを外交使節として仕立て、将軍へ『返礼』に出向いたと位置づけていた」とその概要を解説した。

 奄美史研究者の弓削政己氏は、薩摩藩が奄美大島を介してオランダ貿易を構想していた事実を説明。薩摩藩が幕府に対して秘密裏に琉球、奄美諸島を支配し搾取するために「隠蔽(いんぺい)政策」を行っていたことを説明した。

 沖縄大学の西里喜行教授は、薩摩侵略前後や明朝・清朝の交代時期、廃琉置県(廃藩置県)時など、琉中関係の変遷を解説。「中国側の倭乱(わらん)(薩摩侵略)の認識は時期によっても相当の違いがある」と強調した。

 弓削のいう奄美大島におけるオランダ貿易構想は、幕府に対する奄美直接支配の隠蔽を背景にして成り立っているという理解がポイントだと思う。

 他の方の発表の詳細も知りたい。


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