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2009/11/19

「似姿をみつける」(「唐獅子」11)

 藤木勇人さんが、「奄美に行ったら、昔の沖縄みたいだった。懐かしかったよ」と言ったとき、思わぬ角度から奄美が照らし出される気がした。

 こういうとき、「奄美、沖縄には昔の日本がある」といって民俗学が宝探しの視線を向けて、ときにはた迷惑な気分を覚えてきたのを思い出す。だが、藤木さんの発言はそうは響かなかった。沖縄の似姿としての奄美。その視点が新鮮だったのだ。

 奄美(大島)に初めて行った時、「山原だと思った」という上里隆史さんの言葉も同じだ。山と森が豊かでシマ(集落)はその裾野に小さくある、そのたたずまいに沖縄の似姿を、上里さんは見たのだ。

 また、大学の折、奄美から来た一字姓の同級生を、鹿児島からだなと漠然としか思わなかったが、奄美を知るようになり奄美は遠いものではなくなった。そう上里さんは続けた。これも同じ意味に響いてくる。

 上里さんからは、奄美には奄美の自画像が必要だという提案があり、ぼくもそう思った。確かに奄美は奄美の自画像を描けておらず、ぼくたちはそのことで過剰に疎外感を覚えてきたし、悪戦苦闘もしている。

 ぼくは藤木さんもそう思うかと投げかけると、「自画像が無いのは沖縄も同じ。沖縄の自画像と思っているのは、あれは外から作られたもの。自信がないのよ」と応える。ここでは、奄美の似姿としての沖縄が照らし出されるようだった。

 大島出身の圓山(えんやま)和昭さんは、「奄美と沖縄をつなぐ」と聞いたとき、「自分たちのシマ(島)のことを考えるのに精一杯でそんな余裕は無かった」と話す。これも奄美も沖縄もある意味で自画像は未成だという議論の後には、シマ(島)こそが考えるべき足場であるという共通の根拠として浮かび上がってきた。

 似姿という言葉に、本物/偽物という意味を込めていない。親しんできたものからみて似ているという意味だ。思えばぼくも沖縄に与論の似姿を見出し「奄美と沖縄をつなぐ」というテーマを育んできた。つなぐということは似姿を見つけること。それは視点としての収穫だった。

 いま、イベントを終えてその興奮の余韻のなかでこれを書いている。マブイは抜けたような状態だが、この気づきのおかげで心身の疲労が心地いい。(マーケター) 11月15日記


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