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2009/11/29

「琉球・山川港交流400周年事業」シンポジウム

 昨日の「琉球・山川港交流400周年事業」の様子を、さわり伝えてもらった。

 原口泉の書くものは、生々しい現場を観光地として語る頬かむりを感じるのだが、それは声においてもそのようだ。大事を他人事のように語ること、明るくかつ女性のようなかん高さで語ること。それが施される装飾だ。

 伝えてくれた人は、「しゃべりすぎだけど、意味不明」と評していた。ぼくもそう思って聞いていると、実に明るい声で、「琉球侵略」と言ってのけて、少々驚いた。

 甘藷の伝来に触れた後、「道之島がいかに琉球と薩摩をつないできたか」と言うのが、奄美に触れた唯一だったと思うが、そこから、政治的に難しい関係にあるときほど民間の交流は深くなった。色んな対立などがあっても、共に生きていかなければならない。それを沖縄の人に教えてもらった、と。「意味不明」というのは、すり替えが、過剰な単語量とかん高い声と明るいトーンのもとでなされる空虚感のことを言っているのだと分かった。

 でもこうは言った。薩摩の木曽川の工事を黒糖もささえたのであり、奄美は影の功労者だった、と。奄美の人の発言に続いて思わず出たろうか。言おうと思えば言えるんじゃないか。知った上での知らぬ顔。父譲りか?

 しかし、シンポジウムのメンバーに副知事を交えるのは、問題の所在を曖昧に隠蔽する手段として採られただろうか。奄美の代表者は、人がいいのでしょうね、それで招かれたのでしょう。



Hata
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コメント

何はともあれ 私は その地に行ってきます
祈ってきます

投稿: 海星 | 2009/11/29 23:45

海星さま

無事、祈ってこられましたか。
ぼくも山川に久しぶりに行ってみたいです。

投稿: 喜山 | 2009/12/03 21:32

望郷の地と 墓碑に 無事行ってきました。
墓碑を探すのに大変でした、お酒を持って行きました。望郷の地の 西南戦争の慰霊碑は 圧巻でした…墓地を壊すもとになった。しかし、五百人の御霊を供養する墓碑が出来ていて嬉しく思いました。それぞれの故郷に帰りたいでしょうね

投稿: 海星 | 2009/12/14 23:57

海星さま

そうですね、帰りたいでしょう。
墓碑を訪ねることができ、無事に戻られて何よりです。

投稿: 喜山 | 2009/12/20 16:36

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