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2009/11/23

「奄美搾取の歴史を隠蔽」と「『真の隣人』新たに構築」

  「沖縄・鹿児島連携交流事業」当日の模様を伝える地元紙の記事を森本さんが送ってくれた。南海日日新聞は、「奄美搾取の歴史を隠蔽」を一面に挙げ、関連記事として「薩摩侵400年機に交流」と、交流事業を別面に挙げている。奄美新聞は何面かは分からないが、「『真の隣人』新たに構築」として交流事業を主体に、「宣言は『時期尚早』」とした市民行動を続きの記事として挙げている。

 知事伊藤のコメントは両紙に載っており、地元紙ならでは詳しさは嬉しい。ただ、他紙は交流事業を主、抗議を捕捉扱いしているところ、南海日日は、抗議行動を主としており、主張が感じられる。けれど、市民の声を代弁しているかといえば、交流事業促進も抗議も、市民からはどちらも遠いのだと思う。

 奄美パーク側は事前に「施設内で横断幕、チラシの配布はできない」と掲示していた。制止に入った県職員と住民グループが押し問答になる場面も。抗議は式典直前まで続き、式典中にはやじも飛び出した。(南海日日)

 確かに当日の写真を見ても、「式典会場」の立て看板よりも「施設内で横断幕、チラシの配布はできない」に目が行くが、県・市側はこうした抗議を予想していたということだ。知事、伊藤は、

 「歴史が検証されていない」との指摘に対して伊藤祐一郎知事は「人によって見方が違う。何が検証され、検証されていないかはお互いの関係が深化していく中で考えていく問題。世界中の国が過去を持ち、未来に向かっている」と述べ、抗議行動を批判した。(南海日日)
中止要求に対して伊藤知事は「過去の検証はお互いの関係が進むにつれて解決すべきこと。検証だけにとらわれて、今の事業をとめるのは賢いやり方ではない。連携を進めるのは時代の流れであり、中国など生産大国に対する我々の課題。具体的なことは決まっていないが、人的交流を中心にステップ・バイ・ステップで進めていきたい」と話した。(奄美新聞)

 と述べている。「人によって見方が違う」というのは、第三者的ないかにも頬かむり的発言だが、「議を言うな」という内心の声が聞こえてくるようだ。矛盾に蓋をし隠し声を封殺することによって歴史を進めてきた慣性だ。「関係の深化」とは、奄美の非在化の完成のことなのだろう。奄美新聞は、彼がよく使うというカタカナも挙げていて肉声らしさが伝わってくる。

現場で市民グループから意見を求められた平田奄美市長は「意見を言う立場ではない。賛成するお客さんもいる。今やっているのは抗議行動。帰ったほうがいい」と答えた。(奄美新聞)

 帰るどころか退場しなければならないのは平田だろう。

「大島の会」の薗博明さんは「400年は現実の問題。島津による植民地支配は近代社会でも関連して続いている。自分たちは過去の事実、真実を語り合おうと主張しているだけ。交流拡大して一緒にやっていくには、きちんと歴史を検証・整理する必要がある」と話した。(奄美新聞)

 抗議行動というと、怖い印象を持つかもしれないが、薗の発言は穏やかでシンプルなものだ。実際、ただそれだけのことなのに、と思う。

基調講演では、日本政策投資銀行の水野雄司南九州支店長が「沖縄県・鹿児島県の経済交流拡大について」をテーマに県境を越えた交流の可能性を提案。①沖縄と奄美をつないだ観光のルート化を図る②特産品販売など両県共同で一つのプロジェクトを手がける③顧客の視点から、情報を受信する④インターネットや動画で全世界に発信する-などアイデアを示し、「交流により豊かな未来が子どもたちに開かれることを願っている」と呼びかけた。(奄美新聞)

 「全世界に発信」などというのは、インターネット初期の頃の台詞のようだが、こうしたそうに違いないと思える提案が空振りのように聞こえてしまうのは、ひとえにこの交流事業が行政主導かつ市民不在のままに行われてしまう、その点に問題を置いていると思う。平田が「賛成するお客さんもいる」と言うのなら、奄美、鹿児島、沖縄の市民に開かれていなければならなかったのだ。せこい。

 式典に続いて文化交流があり、奄美高校郷土芸能部や海勢頭豊さん(沖縄)、鹿児島古典舞踊協会、琉球舞踊の団体が出演した。(南海日日)

 きちんと告知すれば、これだって観たかった島人は多かったろう。何が問題なのかも、自分のこととして考える契機もあっただろう。


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