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2009/11/22

「沖縄―奄美―鹿児島 連携交流2009」

 11月20日、琉球新報の「金口木舌」には、こうある。

「泣きやまない子には「護佐丸が来るぞ」と脅していたと奄美市で聞いた。中城按司の護佐丸は県内では英雄だが、奄美では鬼のような認識だ。かつて奄美諸島は、琉球王府の領土だった

▼1609年の薩摩侵攻後は、薩摩藩の直轄地となった歴史がある。その奄美市であす、交流イベント「沖縄―奄美―鹿児島 連携交流2009」が開かれる。薩摩侵攻400年の節目に、共通の政策課題解決に向けて連携を深めることが目的だ。式典では、仲井真弘多知事と伊藤祐一郎鹿児島県知事が共同宣言に署名する

▼そのイベントに異を唱える動きがあった。南海日日新聞(奄美市)によると、奄美関係者で結成した市民グループが18日、鹿児島県知事に宣言中止を求める要請書を提出した。「奄美の虐げられた歴史が総括されない中、奄美での宣言に違和感を覚える」という理由だ

▼琉球王国統治時代を奄美では「那覇世(なはんゆ)」ともいう。那覇世から薩摩藩統治の大和世、アメリカ世、そして鹿児島県と、翻弄(ほんろう)された奄美

▼奄美の市民グループの訴えは、衆院予算委員会の公聴会で「沖縄同胞の心情を人ごとと思わず、小指の痛みは全身の痛みと感じ取ってください」と発した祖国復帰協議会会長の喜屋武真栄さんの思いに通じるものがある
▼「奄美の痛み」にも思いが至る、あすの交流イベントに期待したい。

 琉球新報では、21日のイベントを「沖縄―奄美―鹿児島 連携交流2009」と表記している。そういえば、kayanoさんに教わった沖縄県産業振興公社の表記もそれと同じだった。

 「沖縄 ~ 奄美 ~ 鹿児島 連携交流2009」開催のご案内

 この表記は鹿児島では見られなかったものではないだろうか。奄美市もイベントは、「沖縄・鹿児島連携交流事業」と表記した。沖縄からは奄美は見えるが、鹿児島からは奄美は見えない。そういうことだろうか。だとしたら、沖縄の視野に奄美が入ったことだけは、進展なのかもしれない。

 「金口木舌」の「護佐丸」の強調や「那覇世から薩摩藩統治の大和世、アメリカ世、そして鹿児島県と、翻弄(ほんろう)された奄美」という言い方は奄美への配慮だと思う。しかし、それは奄美を知る手がかりがないため、奄美から発せられる声に配慮したものだと思う。

 「護佐丸」にしても「那覇世から薩摩藩統治の大和世、アメリカ世、そして鹿児島県」の並置にしても、奄美からときに聞かれる紋切り型の歴史観だからだ。

 「護佐丸」の話題は、ぼくは民話のように語られていると思った。少なくとも与論ではそのように聞いた気がしてきた。ところが、それは那覇世が「楽土」ではなかったことの引用として語られる文脈に気づいて驚いた。なぜ、15世紀のことが批判の根拠になるのだろうか。いやこういう言い方は十分ではない。ぼくも、17世紀のことを問題視しているのだから。しかし、1609年以降のことが問題だと考えるのは、何度も繰り返すように、それが現在も終わっていないと感じられるからである。しかし、「護佐丸」のことは終わっている。それは昔話と言っていいのではないか。「那覇世、大和世、アメリカ世、再び大和世」の並置にしてもそうだ。このなかで奄美固有の困難が現在まであるものとしして問題なのは、大和世のことなのである。どうして、護佐丸や世の並置は強調されなければならないのだろうか。ぼくはときに、それは、現に直面しなければならないものを回避するためのレトリックではないかと思う。現に困難を強いている薩摩、県としての鹿児島という当事者に直面しないための。


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