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2009/11/05

『昇曙夢とその時代』4

 『昇曙夢とその時代』には、著者の田代俊一郎に資料を提供した長縄光男の「跋」が寄せられている。

 ただ、コンパクトな著作だけに言い落としたこと、言い足りないことが多々見て取れることも否めない。
 ロシア学者の立場からいえば、翻訳者として曙夢の働きについてもっと深める必要があるだろう。曙夢は明治期にあっては二葉亭の後継者として、大正期にあっては米川正夫、原久一郎、中村自業といった所謂「御三家」の先人として、ロシア文学の紹介の歴史に一時代を画した人なのである。
 また、第1次から4次にわたる日露協商の時代(1906~1916年)にあって、政論家として活躍した曙夢の姿が措かれていないことにも恨みが残る。
 この他、「正教徒」であるはずの曙夢が無神論を国是として信徒を迫害して止まぬ「ソ連」と、内面的にどう折り合いを付けたのか、これも疑問として残る。
 さらに、奄美の復帰運動家の側からは、曙夢流の復帰のあり方に異論を唱える向きもあるのではないか。折りから、本土にも沖縄にも帰属することのない、独自の歴史と文化を持つ島として、「奄美自立論」が語られ始めた今日、曙夢の業績はこうした側面からも光が当てられることになるだろう。
 ともあれ、田代氏のこの度の曙夢伝がこれからのこうした議論の土台として、あるいは出発点として、大きな意義を持ち続けるであろうことは疑いがない。

 ここに挙げられた課題、特に奄美にからめた課題はほとんどぼくたちにものであると言わなければならない。理学者の斎藤憲は、高名なロシア文学者にしては『大奄美史』の歴史認識はあまりにナイーブだが、そこには理由がなければならないと、指摘してくれたことがあるが、トルストイやドストエフスキイなどを昇はどう通過したのかということも、まだぼくたちには見えない。本格的な「昇曙夢論」が待たれていると思う。


    『原郷の奄美―ロシア文学者 昇曙夢とその時代』

Noborisyomu

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