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2009/10/11

わしたショップに、チラシを補充

 銀座を歩く。台風が通り過ぎたおかげだろうか、空が澄んでいる。こういうときはビルが空に溶け込むようで、人工と自然が対立的ではなく、好きだ。こんな街並みは、ぼくは20年ほど前に福岡で初めてみた気がした。空気がきれいだと、ビルの輪郭がはっきりして、でもそれが返って空と調和しているように見えるのだ。アップルストアの廻る看板が異彩を放ち、未来都市っぽかった。

 紙に書く愛着が湧いてくるノートがほしくて伊東屋で探したのだが、それは意外に早く見つけられた。使うのが楽しみだ。

 あとは本題。「奄美を沖縄をつなぐ」イベントのチラシが無くなっていれば補充するつもりでわしたショップへ向かう。店へ入った瞬間、鮮やかな原色がやってきて、「沖縄」の世界がぐっと迫ってきた。ピントぼけが修正されて世界の輪郭がくっきりする。ゆうべの奄美の人の、「奄美の人は何をやっても中途半端」という声がよみがえってきた。地下にチラシはあるものだと思って降りると、あの、心地いい音楽が聞こえてくる。ここでも、ゆうべの奄美の人の、「あんな暗い奄美の音楽を誰が好きになると思う」という声がこだました。チラシは地下も一階も切れていたので、追加。集客につながりますように。

 わしたショップは、当たり前のようにごった返していた。沖縄の人は、ここで、自分たちの世界観を確認するように店に出入りするだろうか。それともそれは、いつでも宙づり的な所在なさをぼくたちが抱えているのでそう見えるだけで、記号化された沖縄に辟易するだろうか。でもどちらにしても、安心や共感や反撥として、反応ははっきりしやすいに違いない。無くなったチラシを手に取ってくれたのは誰だろう。知りたくなった。


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コメント

喜山さん、お久しぶりです。
わしたショップに行っては自分たちの世界観を確認する方も居られるかも知れませんが、私などは、こんな不味く作ったモノをこんな値段で売るとは…と叩きつけたくなりました。商売とはいえ、この様なイメージの切り売りを続けていたのでは先細りが目に見えると危惧していた矢先、近くのショップは無くなりました。
「溢れども空虚」― シンポで語られた言葉の通り、虚しさでいっぱいです。

奄美はブランド戦略として、氾濫し消費され尽くそうとしている沖縄から幾許かの教訓を得ているように見受けられるので、暗いと思われようと原初に迫ろうとする基本姿勢を転換する必要は無いと考えます。大衆受けし易いような明るい路線もあったらあったで良いとは思いますが…。
沖縄側も我々の少し前の世代からは、中孝介さんが沖縄に対して零されていた様なファルセットに対する忌避感はありませんし、逆に、唄の深淵さに良い刺激を受けているところでしょう。ま、私の様なヒジャイヌーディーが語っても説得力ありませんけど(笑)。ただ、一部の親世代が聴けないのは詮方ないものとご理解頂きたいのです。彼らには、先程の忌避感に加え、原初に迫る物悲しい曲を聴いて戦後の辛く貧しかった記憶を思い出したくないという心理もあるようですから。

あと、PDFなどでポスターを送って下されば、印刷して市内の料理屋くらいには配れるかと思います。もっとも、私の住処からだとなかなか参加できないでしょうけど。

投稿: 馬調越 | 2009/10/11 22:05

馬調越さん

お懐かしうございます。コメントありがとうございます。

「虚しさ」。沖縄の手前で与論島がブームになったとき、無防備なためにわか仕込みのカンコウに雪崩れ込んだときのことを思い出すと、少し実感的に分かる気がします。

ぼくもヒジャイヌーディーなんですが(苦笑)、「戦後の辛く貧しかった記憶を思い出したくないという心理」はきっとそうですよね。その頃の記憶はぼくにはもちろんないわけですが、曲の物悲しさは哭き唄に通じるので、遠ざけておきたいときもあります。

ポスターのこと、ありがとうございます。人目に触れるのはありがたいことなので、甘えさせてください。

投稿: 喜山 | 2009/10/12 10:41

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