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2009/10/19

「島をつなぐ」(「唐獅子」8)

 11月14日に東京新宿の牛込箪笥区民ホールで、「奄美と沖縄をつなぐ」と題したイベントを開催する。トークセッションとシマウタコンサートの二部構成だが、沖縄からは、うちなー噺家の藤木勇人さんや『目からウロコの琉球・沖縄史』の上里隆史さん、三線博士の新城亘さんなど、多くの方に参加していただく。当初、こんな豪華な顔ぶれになるとは夢にも思っていなかった。

 それは、初の試みだということもあるが、実のところ、「奄美と沖縄をつなぐ」というテーマは関心を惹かないだろうと思っているからだ。

 わたしにとって「奄美と沖縄をつなぐ」ことが切実なのは、わたしが与論島出身で、与論島と沖縄島の間の境界を理不尽さの象徴のように見つめてきたからだが、でも概して言えば、沖縄は日本を向き、奄美は鹿児島を向くものの相互には無関心で、惹きあう間柄にはなっていない。だから、小さなイベントになるだろうと思ってきた。

 しかしブログやチラシで告知をし、関心を持つ人の声を聞くうち、違う風に考えるようになっている。

 確かに奄美と沖縄は相互には無関心かもしれない。けれど実はそれは、こと奄美と沖縄に限ったことではない。島はそれぞれが世界であり宇宙である。それが島の思想であるとしたら、自分の島以外のことに無関心なのは自然なことだ。そうだとすれば、奄美と沖縄の相互の無関心はその象徴的な現われに過ぎない。必要以上に嘆くことはないだろう。

 ただ、そうだからといって、そこから引き返す必要もない。わたしは奄美と沖縄の隔たりを哀しく思う。けれど、それは巨視的に見るからであって、島伝いに辿れば、奄美の内部にも沖縄の内部にも、同じことは言えるはずだ。奄美大島と沖永良部島も、沖縄島と八重山の島々も互いに関心がないかもしれない。奄美から沖縄まで、それぞれの島の場所すら知らない島人も多いのかもしれない。

 そう受け止めると、イベントの名称は「奄美と沖縄をつなぐ」だけれど、その心は、島と島をつなぐことにある。島と島の隔たりを哀しく思うことがあれば、それをつなぎ直そうということなのだ。そのように、奄美と沖縄のどの島人にとっても共感できる場を作っていきたいと思っている。(マーケター)

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