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2009/10/25

「つながりたい」(「唐獅子」9)

 実のところ、「奄美と沖縄をつなぐ」というイベント名には何によってつなぐのかという手段が欠けている。というか明示されていない。

 もちろん、イベントの後半は、シマウタ・コンサートなのだから、唄と踊りによってつなぐのははっきりしている。しかも、奄美だけをやるのでも、八重山だけでも、沖縄だけでもなく琉球弧全体に視野を届かせたいと思っている。するとそこでは、こことそこに同じものがあるという発見と、にもかかわらず、こことそこではアレンジが違うという発見も同時に味わうことができるだろう。元となる唄をそれぞれの島が自身のものとして消化しながら、また次の島へと引き継いでいったつながりに思いを馳せられたらいい。

 しかし、唄うだけでは物足りない。だから踊るのだ。でも、唄い踊るだけでも満たされない。だから、語りの場を持とうと思っている。

 そして語りは、「奄美と沖縄をつなぐ」がテーマであって、「奄美と沖縄をまとめる」ことをテーマにしていない。つまり、政治的な共同性の議論を前提にしていない。ただ、それは、道州制などの議論が大切ではないということでも、政治的なあり方の議論を退けたいわけでもない。

 ぼくたちはいつでも、圧倒的な強者の前に自分自身を見失い、正体不明のまま彷徨うことを繰り返してきた。そして深いふかい無力感のなかに打ちひしがれてきたのだ。奄美も、そしてきっと沖縄も。

 そうなら、「まとめる」話の前に、「つながる」話をしたい。結果的に、つながらないという話になっても構わない。少なくとも、つながらなければ、まとめることもできないから。
 
 ぼくたちは、唄い踊る島が琉球弧だと知っているから唄と踊りでつなぐことはできると期待している。でも、唄い踊るだけでは満たされないとしたら、何によってつながるのか。実はそれは決して自明ではない。だからそれを探したいのだ。

 ぼくはそれがほんの少しでも見えてくれば嬉しいと思っている。

 人は、人とつながりたいと思ったとき、どうするだろう。きっと、手を差し出し、相手の手を握ろうとするのではないだろうか。東京新宿で開催する11月のイベントで、どんな手が差し出されるのか、見つめたいのだ。(マーケター)

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