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2009/10/13

「直轄支配化の奄美 西郷隆盛」

 「未来への羅針盤」に書く、原口泉の西郷隆盛(「南海日日新聞」2009/09/18)。

 1873(明治6)年、大蔵省は砂糖の自由売買を鹿児島県および全国に通達する。しかしへ鹿児島県はこれに対抗して大島商社を設立。藩政時代と同様、奄美の砂糖取引を独占する。西郷は商社設立構想に同意していた。「西郷は鹿児島士族救済のため、旧慣(砂糖専売制)を温存した」というのは、その通りだが、「ずっとそのまま」とは考えていなかったはずだ。

 「「ずっとそのまま」とは考えていなかったはずだ」というのは、原口の仮説である。

 財政基盤を整備するためには自由売買に移行した方がいいのだろうが、国防という問題もある。鹿児島には北海道の屯田兵に先行する形で農耕をしながら国を守る気概を持った士族がいた。士族を一気に解体すると、西南日本が諸外国の脅威にさらされる。士族の経済的基盤をなるべく脅かさないように配慮した。砂糖販売も当面は大島商社で代行させて、その後、全国の商品経済へ移行する緩やかな改革を考えていたのだろう。西郷にとっての大島商社は国防、経済両面からの妥協策だった。

 こういうのを読むと歴史家の仕事とは何だろうかと考えこまざるをえない。「西郷にとっての大島商社は国防、経済両面からの妥協策だった」という原口の判断は、史実が希薄だから歴史とは言えない。そして、ぼくが自分の足場だと考えている批評でもない。なぜなら批評に必要な本質を穿つ力もないからである。ここにあるのは歴史でも批評でもない。そうだとしたら何か。せいぜい、居酒屋談義というものではないか。もしくは、奄美の人々の読む新聞で、西郷への評価を変えてもらうための作為である。しかし、先生立場の者が何かを言えば簡単に説得できるとあなどらないほうがいい。歴史は歴史家の恣意ではない。

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