「異説観光文化論」補足
基俊太郎の「異説観光文化論」で、さらりと通り過ぎて見落としそうになった箇所があった。
こうすればこうなるという事の吟味がなされないから、「公共のため」の目的論が逆に住民不在の結果をまねくのです。島の文化のため、あれのとりこわしを振興事業の項目に付け加える事を提案致します。
「開発」と「保存」との利害はしばしば問題になるところです。先年、尾瀬湿原帯についての騒ぎは、只見川上流のダム計画の中で尾瀬をダム化して、あの湿原帯を湖底に沈めるというものでした。それに対して、尾瀬の学術と景観を守る立場から反対が起き、利害得失の対立となりましたが、幸いに「保存」へ決定したのです。これは人ごとではありません。住用村では先にふれた住用川デルタの干拓計画が以前から出たりひっこんだりしておるのです。
開発と言うと、そこに何か開拓精神的ムードをただよわせて、最初から肯定的先入観で出発します。昨今はやたらと開発、開発です。自然や文化をこわしても開発です。開発が此処まで拡大解釈されるのなら、いっその事「保存開発」の新語を作ったらどんなものでしょう。「開発」同士のケソカになれば事の実体が明確になるかもしれません。
「とりこわしを振興事業」にという提案は、アリではないだろうか。過剰な建設業の技術を「保存開発」力へ転化するということ。就業としては長期的な解決にはならないが、島の生命力は長期化する。
維持困難なハコモノ、無人の漁港などの天然自然回復。時間を逆回転させて見るような工程のなか、天然自然回復を技術力として内在化させることはできないだろうか。
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