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2009/09/07

「鹿児島の無関心」の根っこ

 南日本新聞、「南風録」

薩長嫌いで知られる福島県会津若松市の市民劇団が、和解をテーマにした演劇を鹿児島市で公演すると本欄で紹介したところ、劇団関係者から手紙をいただいた▼私たちは薩摩との友好を心から望んでいる。しかし、一部の会津人にとって遺恨を生んだ戊辰戦争がいまだ終わっていない現状を考えると「会津から薩摩への和解の提示」という表現には戸惑いを覚える、という内容だった▼

「和解の提示」は鹿児島の受け止め方を表したつもりだったが、手紙には会津の総意と誤解されることへの懸念が記されていた。会津人にとって繊細な問題への心配りを欠いていた不明をわびたい▼薩摩同様嫌われる長州の萩市は会津との交流に積極的で、以前姉妹盟約を申し入れたことがある。だが「時期尚早」として断られた経緯をみれば確かに、会津から鹿児島に和解を求めることは考えにくい▼ただ、やりとりがきっかけで萩と会津は市民レベルでの交流が盛んになりつつあるという。10月の鹿児島公演が、両市の交流を深める端緒になることを望みたい▼

問題は鹿児島の無関心だ。「140年も前のことを今さら」という姿勢では、遺恨をばねにその後の苦境を耐え忍んだ会津との関係改善はあり得まい。会津は勝者の側からでない「戊辰戦争の検証」を求めている。歴史の怨念(おんねん)を乗り超えるのは容易でないが、まず一歩を踏み出したい。

 ここでいう「歴史の怨念を乗り超える」のは難しくないと思う。

 「薩長嫌いで知られる」という「繊細な問題への心配りを欠い」た言葉の、他者感覚の不在あるいは欠如が、ことをことさらに難しくしているのであり、それへの気づきが「一歩」である。


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