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2009/09/14

「わが内なる奄美」

 復帰20年、1973年の場所で、基は考える。

 奄美が本土へ復帰してあしかけ二十年になる。いま郷土では内地のことを本土と呼んでいる。奄美が本土へ復帰したということは、奄美も再び本土になったということだと思うのだが、復帰と同時に解消したはずの「本土」の呼称をいまだに捨てずにいるのである。そこには、奄美が外地でもないのに「内地」というのはおかしいではないかという意見が戦前からあった。そこでこのさい「内地」をやめて「本土」でいこうということであるらしい。でも、「内地」がおかしいというのなら、同じ意味で「本土」もおかしいのである。本土でない奄美とは何かということになるからである。奄美が離島である限り、「本土」も「内地」も、それが地理的概念の用語とすれば不都合はない。ただ、本土復帰後の「本土」が奇妙な響きを残すのである。不如意な島の現実が充たされないうちは、完全に本土に復帰したとはいえない-といった甘えが、そこにいつまでも「本土」を温存させているのではないだろうか。

 「本土」は中心的な国土という意味だろうから、復帰は、「奄美も再び本土になった」という意味にはならないと思う。しかし、基の真意を汲み取れば、「不如意な島の現実が充たされ」ることが、完全な復帰?を意味するという文脈を維持するために、「本土」という言葉が招来されているのが問題なのだ、と言いたいのだ。

 ここには、『島を見直す』という書名が、「大島本島」という語感の持つ、あいまいに奄美の島々全体を覆うかのような含意を見直し、「大島」を再発見した基の内省の起点に基づいていることをよく教えるし、それが本の最後にいたるまで貫かれているのを、ぼくたちは見る。

 島とは自己完結の時間と空間だから、生活も自給自足でやってきた。そこに島嶼文化も成立したのだが、いまでは都会並みの換金生活によって、生活物資のほとんどが鹿児島からやってくる。換金生活をやるには、都会へ出るにこしたことはないから、多くの人たちは島を出た。そして、後に残った人たちにとっても、島の環境は生活意識の上では何の役にも立っていない。生活様式がそうなったのである。ただ外側から「奄美の海は美しい」と聞かされて、それならば「観光」だと思っても、それが先祖が生きてきた海であることまでには、心が届かずにいる。時間を見失った郷土は、ひたすら空間だけに生きようとしている。

 いまでは飛行機が飛び、快速船が走り、至極便利である。かつての自給自足の生活から解放されたと古老は喜び、もっと本土並みでなければいけないと島の「政治」にたずさわる者は考える。

 「島とは自己完結の時間と空間」とは、本来の島の定義と言っていいものだ。「時間を見失った郷土は、ひたすら空間だけに生きようとしている」。はっとさせられる。基は、もともとの島人の生き方から引き継ぐものがあるはずだと言うのである。

 基は、

 私は奄美にふるさとを回復したい。

 と、「随想」を結ぶ。これに対して、それは「島を出た」者の身勝手な郷愁に過ぎないという権利を島人は持っている。しかし、基俊太郎の真摯な姿勢の前には、基さんは「ふるさとを回復」できたと感じる瞬間を持てただろうかと思わずにいられない。


 ※ところで、『島を見直す』は、アマゾンでも手に入らない。奄美大島のあまみ庵で入手可能だと思う。

Shimawominaosu1

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