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2009/09/27

「小さな島の小さな物語」

 安達征一郎の『憎しみの海』、第三部、「小さな島の小さな物語」はとてもよかった。心を動かされた。

 この作品は、戦争の槌音が大きさを増し始めるころ、安達が六歳から十五歳までを過ごした喜界島の赤連海岸通りでの出来事を記したエッセイだ。そして、彼自身が、

少なくとも、僕がこれまで書いてきた小説の“核”を作っているのが、「赤連海岸通り」での生活で得たものであることだけは間違いない。

 と書くように、安達を作家たらしめたものが何であるかがここには凝縮されている。ぼくは実は、第二部まで読んできた彼の小説以上に感銘を受けた。この、大事にしまっておきたくなるエッセイたちのほうが小説より優れているのではないだろうか。そんなことをふと思う。しかしそれは安達に対して礼を失した言い方になるだろう。ぼくは、「小さな島の小さな物語」を上回る安達征一郎の小説を読みたくなった。

 「小さな島の小さな物語」は言ってみれば、喜界島にやってきた旅人や滞在者、移住者としての貴種たちとの交流史だ。貴種がやってくるのは、大和、沖縄、奄美大島、朝鮮と、北と南の振幅は大きい。それぞれの物語を背負った貴種たちは、安達のまわりで痛切な出来事を生み、少年の心に強い印象を残す。そのときの心の震えや憎悪の高ぶりや胸の高鳴りは何だったのか、それを知りたくてそれを再現したくて安達は小説を書くようになった。そう解したくなるのがこのエッセイだ。

 「アメリカは個人でも自動車の持てるような工業の発達した国だし、国土の広さも日本の何十倍もある大国だから、日本はアメリカと戦争してはいけないと思うよ」という卓抜な認識を持った磯さんは、東京の「非常時風をやりすごす」ために喜界島に住んでいるのだが、船乗りだった彼が「心が安らぐ」からと双眼鏡で海を眺めていたのを、警察が見咎めスパイではないかと拷問すらするようになり、つまり、喜界島にも非常時風が吹いてしまい、磯さんはいられなくなって去ってしまう。

 これはもの静かなたたずまいながら、当時としては卓抜な認識を持っていた貴種が、南島にも及んだ戦争体制によって去らざるをえなくなった貴種流離譚である。

 次の「ミツコの真珠」も、貴種流離譚であることに変わりはない。ミツコは大島からきたらしいと言われている。「頭をおかしくして」いて、旅館の「洗濯、掃除、使い走り」などをしながら生活しているが、家々を徘徊したり悪口を言ったりするので、子どもたちにからかわれたりすることもある。

 あるとき、ミツコは桟橋で釣りをしている安達を「こっちへおいで」と呼ぶ。

 「一つ…… 二つ……」
 ミツコは、空を見あげて、なにかを数えているらしいのだが、説明してくれない。
 「なに数えてるんだい?」
 「流れ星だよ。ほら、また一つ落ちなすった……トウトガナシ、トウトガナシ (おう、おそれ多い神さまよ)」
 彼女は奄美の島言葉で神さまに祈りをささげてから、「カツミ、ほら、あそこだよ」といって、北の海の方角を指さした。
 目をこらすまでもなく、北の方角、十キロぐらい沖合に、海面がふしぎなくらいかきみだされて金波銀波の光の矢をわきたたせている場所がある。満月の夜なので眼路のかぎり東シナ海は、黄金ののべ板をしきつめたように輝いてはいたが、その一か所だけは特別で、黄金の湯がわきたっているように見えた。

 ミツコはその「黄金の湯」のような眺めを、大きな真珠貝が口をあけているのだ、と説明する。

 「マブリ(魂)が一つ……」
 ミツコは、あいかわらず流れる星を日で追いながら、 「あの流れ星は、死んだ人からぬけだしたマブリだよ……人は死ぬと、マブリが真珠貝へ飛んでいくんだよ。真珠貝は、マブリが飛んでくると、真珠に吸いとってマブリの膜にするんだよ。それが何百年、何千年、何万年もかかって、あんな大きな真珠をそだてたんだよ」
 僕はショックをうけて、しばらく、ミツコの言葉の魔法のとりこになっていた。

 ミツコの幻想にカツミ(安達)は強い衝撃を受けるが同時に説得力を感じる。そしてそんなミツコが重い病に倒れる。島の人たちは、島の人らしい大きな善意でミツコに真珠の海をみせてやりたいと思い、舟を繰り出す。すると、二時間二十分くらい経った頃、「海面が割れて、黒い大きな物体が海中からせりあがってきて月光のなかに立ちあがった」。巨大な真珠貝か、と思う。

 「あれはクジラだよ」
 そういったのは磯さんだった。
 船はエンジンの音を落として、ゆっくり近づいていった。
 よく見ると、月渡のきらめく海上に、しずかに泳いでいるクジラの黒い背中が、ほかにも七、八頭見てとれた。
 交尾のために集まった群れだろうか。
 ときおり、巨体をおどらせて、尻尾で海面をうちたたいている。
 海面にあらわれた巨体が月光をすべらせて、まるでそこに照明灯があるみたいにまばゆい光苦をまきちらしている。
 「磯さん、あれが真珠の輝きの正体ですか」
 僕が隣りの磯さんに尋ねると、
 「さあ、なんともいえないが……ミツコには、そう思わせておいたほうがいいね」
と、磯さんはやさしく答えた。

 そうやって「見えるかい、ミツコ?」と言って、その幻想的な光景をみせてやる。その三日後、ミツコは短い生涯を終える。

 これは、魂(マブリ)を流れ星と真珠に結び付けたミツコの幻想を、南島の幻想的な舞台と島人の溢れる情感が、満たしていく作品だ。しかし作品といってもこれは実話である。こんなファンタジーを生んでしまうのが南島なのだ。そしてこうした場面に出くわした安達少年は、それこそ作家になる以外、昇華させることのできない衝撃を受け取ったに違いない。

 沖縄から喜界島に来た恋多き「かなちゃん」は、「僕」の「唇に唇をかさね」なんてことをして僕を当惑させるが、安達少年に海岸通りをさらに輝く世界にしてくれた「かなちゃん」は「ひめゆりの塔」の女子学生の一人として自害したと聞くことになる。南の島から流れてくる漂流びんに入った、スペイン語で書かれた助けを求める女の子の手紙に囚われて三十年間、その手紙を待ち続けた山城さん。病気の療養で喜界島に来たが天候不順で船が出ず、夫の出征に立ち会えなかった八重子さんは、夫への代わりに安達少年に与謝野晶子の「君死にjたまふことなかれ」を読んで聞かせる。しかし、その八重子さんも翌年の春を待たずに二十七歳で逝ってしまう。

 親孝行と言われていたのに、大和からの旅人たちの後を、つまり貴種たちのあとを追って島を出奔してしまう三姉妹の話。糸満売りされた少年が、年季明けに「親孝行」として少年を売ったおじいさんに酒を飲ましてやりたいという話を聞いて、「度量の広い人」だと感心するが、そのおじいさんの亡くなり方を見て、実はソレをしたかったのではないかと底知れない憎悪を垣間見る話。冬の海の遭難で死にかけている青年を、裸身になって温めて生き返らせるシーンが鮮烈な印象を残す理沙さんの話。両手の甲の入墨のために大和行きを切望しながらそうさせてもらえない老女の話。

 最後の「ハジィチ哀しや」は、貴種の裏返りの卑種が流離できない話になっているが、それを含めて全体が貴種流離譚のバリエーションのなかにある。これだけのことに小学校から中学校のころに出会った偶然のなかに作家になる宿命は刻まれていると言うべきではないだろうか。

 喜界島という舞台の豊かさが、いつまでも心に止まるエッセイ集だ。これは喜界島物語の大切なひとつだと思う。「小さな島の小さな物語」は心を大きく動かしてくれる。


   『憎しみの海・怨の儀式―安達征一郎南島小説集』

Nikusiminoumi

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