« 「鹿児島の無関心」の根っこ | トップページ | 「奄美と沖縄をつなぐ」イベントの最年少演者は7歳 »

2009/09/08

「五つの契機」(「唐獅子」6)

 与論島と沖縄島の間の境界が、県境である以上の意味を持ってしまう背景には何があるのだろう。あるいはどのような契機が境界を強化してしまうのだろう。

 五つのポイントがあると思う。

 ひとつ目は琉球王国の成立過程で、琉球が奄美を征服したことを根拠にした奄美の反発である。特に奄美大島と喜界島は軍の派遣によって征服されたということが挙げられる。ときにそれは、「奄美は、琉球、薩摩、アメリカに支配された」という表現になって出てくるのだ。

 二つ目は、琉球王国が沖縄島を中心に形成されたので、奄美は沖縄からは付属的に位置づけられてしまうことである。本当は、奄美は宮古、八重山と同位相にあるのだが、県が異なるため付属感が強調されてしまう。道州制の議論ではときに奄美を「組み込む」という言い方になって現れたり、沖縄島を中心にした歴史観が拍車をかけたりしている。

 この二つは、表裏のように反発しあう契機をなしているのではないか。

 三つ目は、ずっと歴史は下り、奄美の日本復帰を契機に、沖縄において奄美の島人が「外国人」扱いになり差別されたというものだ。

 最近では、佐野眞一の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』のなかで指摘されていた。これは奄美の復帰に伴うアメリカの政策の結果であることが見過ごされて、奄美、沖縄間の現象として注目されるのが特徴的である。

 四つ目は大和とのかかわりのなかで形成された、北が南を軽んじることに端を発するもので、奄美から沖縄に向けられる。奄美による琉球王国形成への関与という史実が浮かび上がると、これは、二つ目に挙げた、沖縄島を中心と見なすことによる、南が北を軽んじる傾向と対をなしいくかもしれない。

 そして五つ目は、奄美も沖縄も「日本人になる」ことが絶対化し、相互に無関心になったことだ。砂鉄がまっすぐに磁石を向いてしまうように、お互いに目もくれず北を向いてしまった。近年でいえば、このことが最大の要因になっていると思える。

 両者の反発や無関心はこのどこかに端を発して表出されているのではないだろうか。もちろんぼくは、認識することで克服可能なものにしたいのである。(マーケター)


|

« 「鹿児島の無関心」の根っこ | トップページ | 「奄美と沖縄をつなぐ」イベントの最年少演者は7歳 »

コメント

 >佐野眞一の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』のなかで指摘されていた。これは奄美の復帰に伴うアメリカの政策の結果であることが見過ごされて、奄美、沖縄間の現象として注目されるのが特徴的である。

 ★これは私も抜き読みですが興味深く読みました。その経緯は私の家族を含めて関わった体験を持つからです。佐野さんは、よくここまで取材されたな、と思います。あとは奄美の人々の側で詳細に考察していかなければならないでしょう。

投稿: アカショウビン | 2009/09/10 15:47

アカショウビンさん

そうですね。ぼくも熱くて冷静で詳細な考察を読みたいと思っています。できれば体験者の方が書いてくれたらな、と。

投稿: 喜山 | 2009/09/13 16:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「五つの契機」(「唐獅子」6):

« 「鹿児島の無関心」の根っこ | トップページ | 「奄美と沖縄をつなぐ」イベントの最年少演者は7歳 »