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2009/08/31

『沖縄幻想』

 『幻想の島・沖縄』とほぼ同時期に上梓された沖縄本のなかに、同じ「幻想」を冠したものがある。『沖縄幻想』だ。

 著者の奥野修司は、沖縄人ではない。そして『沖縄幻想』は、「沖縄人vs大和人」の構図に乗っていない。本土出身者の沖縄論は、「沖縄人vs大和人」に配慮を示すか、反撥する場合が多い。だが、奥野はそうしていない。どうしているのか。奥野は沖縄から見る大和像にも、大和から見る沖縄像にも、両方に、それは「幻想」だと、遠慮なく言ってのけている。そこで、構図としての「沖縄人vs大和人」を食い破っているのだ。それが『沖縄幻想』の読後を小気味よくしている。

 奥野のそのモチーフは、「はじめに-私のサンクチュアリ」から明確だ。

 私にももちろん故郷はあるのだが、急激な都市化の波に洗われたせいか、親しかった同級生も散り、両親もこの世を去った今、あってなきがごときの故郷である。では、いまや生まれ故郷よりも長く住んでいる東京はどうかというと、いまだに胸を張って故郷とは言い切れない。東京にいる私は、所詮、「旅の人」なのだ。
 沖縄は一九七四年から通っているが、過去に滞在した日数をカウントしても一年を超えるかどうかだろう。それなのに、故郷を喪失しかかっている私の心の中に、いつの間にか「新たな故郷」として住まうようになった。
 私には、沖縄に行くというよりも、沖縄に帰るという感覚である。
 おそらく私にとっての沖縄は、できることならこんな故郷があればという、不可視のサンクチュアリかもしれない。
 私が沖縄と不思議な緑に結ばれて三〇年以上になるが、私の中のサンクチュアリがどんどん崩れていくような気がする。

 とりわけ、九〇年代以降の沖縄は風化する一方だ。
 沖縄にかぎらず、今を生きる世代の使命は、自分が生きるために使わせてもらった水、空気、森、海、空、その他一切合切を、次の世代に渡すことだろう。それが、年を重ねるごとに、次世代に送り出す資産が目減りしているのが目に見えてわかる。
今のオジイやオバアがいなくなったとき、長寿社会も沖縄のやさしさも、連綿と続いてきたユイマールも消え、何の変哲もない一県になるのかもしれない。私がオバアやオジイが好きなのは、彼らの中にほんとうのオキナワがあるからだと思う。

 それにしても、いつからこんな島になったのだろう。
 東京の郊外ならどこにでもあるような副都心「おもろまち」を通るたびにそう思う。そんなことを亭っと、「東京並みになってどこが悪い」とつい叱られてしまうが、たしかにその通りだ。便利になることは悪くない。そこに住まう人の理屈として間違ってはいない。だが、それで未来の沖縄は自立できるのだろうか、とふと不安になる。
 私は沖縄に幻想を見ているのかもしれない。あるいは「旅の人」の勝手な思いこみかもしれない。またしてもヤマトンチュウはと、蔑まれるかもしれないと思いつつしかし、笑わば、笑え、である。私は言わずにはいられないのだ。

 「笑わば、笑え、である。私は言わずにはいられないのだ」。それが奥野のモチーフである。
 そして『沖縄幻想』の本文でもその通りに、奥野が、言わずにいられないとばかりに、つい言ってしまったところに魅力の頂きをつくっている。任意に挙げてみる。

 沖縄が、文化のかけらもないそんな本土の街になぜ憧れるのだろうか。
 一八七九年の琉球処分以来、本土から植民地のように扱われてきたために、潜在意識に刷り込まれた劣等感がそうさせるのかもしれない。明治期まで、日本に勝るとも劣らない固有の文化を築きあげた沖縄は、何ら卑下することがないのに、支配層が変わるたびに、政治的に経済的に植民地化されたことが、いつの間にかコンプレックスとなって内在化してしまったのだろうか。
 「移住」というのは一カ月や二カ月の単位ではない。平均寿命八〇歳とすれば、二〇年間を彼の地で過ごすことである。「海と夕陽」は二〇年も癒しつづけてはくれない。
 ナイチャーが地域社会と隔絶して独自に自治会をつくるのは、島人にとって米軍が沖縄に基地をつくるようなものだ。他人の土地にずかずかやってきて、フェンスを張って隔離社会をつくる。基地に住む兵士と、マンションに住む感覚でやってきた移住者にどれほどの違いがあるのだろう。そんな単純なことに気づかない移住者は、沖縄に住む資格はないのだと思う。
 中国も本土も城郭や都城の造営に直線を重視したが、沖縄の人たちは曲線に美を感じたのだろう。この曲線が実にエロティックで、何度見ても飽きない。とりわけ雨に濡れた「城」はすばらしく、何とも言えない色香を放っている。
 今の沖縄は、「オキナワ」という幻想に酔った 「ナイチヤー」がやってくるだけだ。沖縄の本土化がもっと進めば、さすがに彼らも幻想であることに気づく。そうなれば、欧米人観光客どころか、日本人だってうんざりすることだろう。
 沖縄は、今すぐ米軍基地を観光施設にすべきなのだ。
 過去に、日本列島を改造すればするほど、逆に地方の過疎化が進むという矛盾がはっきりしていたにもかかわらず、沖縄は同じ間違いを繰り返してきたのである。
 たとえば瀬鷹島-。(中略)島の住民は行政に訴え、そして五七億円の費用をかけて、八五年に全長七六二メートルの瀬底大橋が完成した。
 島は、これでシマチャビから解放されると歓喜したが、案に相違してわけのわからない観光客がやってきてはゴミを散らかした。ゴルフ場ができ、それが転売されてホテルになった。誰のものともわからない別荘ができ、夏にもなれば、海岸は夜ごと「子供に見せられない」ような場面が展開することとなった。
 橋ができても若者は戻らず、現在まで瀬底島の人口はほとんど変わっていない。
 同じ公共工事でも、たとえば、やんぼるの森を三六〇度俯瞰できるような「森の回廊をつくるなど、森を観光資源として整備すれば、どれほど素晴らしいことか。小さなアマゾンを彷彿させる亜熱帯の森は、沖縄にとって貴重な資産ではないか。そこに敷かれたアスファルトの林道は、言ってみれば森にできた悪性腫瘍にしか見えない。
 かつて日本には、里山などに入会権というものがあったが、この抱瀬干潟を近隣住民の共有資産とし、観光や町並みづくりに活かそうという発想はなぜ生まれないのだろう。
 「沖縄は復帰以来、政府から与えられた八兆円をこえる補助金を食べ尽くし、ただただ排泄しただけではないか」
 こう言うと、おそらく怒り心頭の方も少なくないだろう。しかし、私はそれほど間違ってはいないと思っている。
 その結果どうなったか。沖縄への賠償金的な性格だった補助金が、〇七年に米軍再編推進法が成立すると、「亭っことを聞いたらカネを出してやる」式の、ほとんど洞喝に近いものに成り下がった。それでも沖縄は断り切れないのである。なぜなら、すでに補助金に依存しなければやっていけない体質になっているからだ。
 ただ、泡盛につぎ足すのはあくまで泡盛であるように、芳醇な酒精分である沖縄の心を継いでこそ、固有の文化として熟していくのではないだろうか。
 そのためにも、この島で生まれて外に飛び出し、かの地で新しい文化を身につけたウチナーンチュこそ、この島へ再び戻って活躍してもらいたいと思う。なぜなら、沖縄の心はこの島で育った人にこそ、もっとも濃縮に宿されていると思うからだ。
 沖縄の人は、どうやら歩くことを忘れてしまったのかもしれない。
 つまり、沖縄が今も長寿なのは、七〇代以上の高齢者が支えているからにすぎない、ということだ。現在の沖縄は日本一のメタポ県である。長寿を支えている高齢者が亡くなれば、沖縄は健康でも長寿でもなく、ただの島となる。沖縄が長寿県と言われるのも、すでに幻想にすぎないのである。
 これはやさしさに違いない。このやさしさこそ、沖縄を沖縄たらしめているのだと、私は妙に感心していた。
 それがここ七、八年で、急速に崩壊しはじめたように思う。グローバリズムという化け物のせいかどうか、沖縄の社会が基層まで破壊されつつあるように思えてならない。すでにその波は、沖縄の精神構造まで変えつつあるように思う。
 私たちが知っている沖縄は、今まさに、幻想の海に沈もうとしているのかもしれない。
 江戸文化や上方文化とはまったく異なった琉球文化を持ったことは、沖縄は文化的に独立国であったことを意味する。
 そのことは泡盛にもよくあらわれている。ジャポニカ米ではなく、長粒種のタイ米を使って蒸溜した泡盛は、沖縄独自の酒である。ちなみに、沖縄県酒造組合連合に加盟する酒造所は四七カ所、実際はもっとあると言われるが、この小さな島にこれだけの数の酒造所がひしめいているのである。
 これらのすぐれた文化を目の当たりにしたとき、沖縄という島が、琉球文化圏として完結していることに思い至るだろう。

 ざっとこんな具合いである。歯切れのいい、もの言いの背後には沖縄への愛情があふれている。「この島で生まれて外に飛び出し、かの地で新しい文化を身につけたウチナーンチュこそ、この島へ再び戻って活躍してもらいたい」と言われると、ぼくなども痛みを覚える。

 一六世紀から一七世紀にかけて編纂され、沖縄を代表する『おもろさうし』(おもろそうし)でさえ、漢字混じりのひらがな文で書かれているように、沖縄が独自の文字を持たなかったことが、本土との境界をあいまいにしてしまったのだと思う。

 違和感も記しておきたい。「沖縄を代表する『おもろさうし』(おもろそうし)でさえ、漢字混じりのひらがな文で書かれている」というが、それは日本が、そうなのである。日本は独自の文字を持たない歴史が長かった。文字を持って以降の歴史が短いのである。そして沖縄は日本以上に短い。だから、「漢字混じりのひらがな文」をまるごと輸入せざるをえなかったところに沖縄らしさも宿している。

 沖縄は日本に属しているが、異なる文化を持つ、もうひとつのクニなのだ。それゆえに、このまま本土仕様のクニづくりを進めていったら、いつかとんでもないしっぺ返しを食らうことになるような気がしてならない。
 沖縄独立論など、今は所詮、ファンタジーにすぎないと思っている。それで愉しめる者は愉しめばいい。ただ、沖縄独立論にもリアリティを感じる時代はあった。(中略)
 ところが、復帰してからはたちまちそれはファンタジーに変わってしまった。日本政府がそれを狙ったのかどうか、沖縄が本土と相似形の島をめざして邁進してきたのだから当然である。果たしてそれでよかったのかという問いは措くとして、未来につづく沖縄は、それでは成り立っていかないことは言うまでもない。
 沖縄は、日本である前に、オキナワなのだ。

 この文脈ではカタカナの「オキナワ」には違和感があるが、主張はよく分かる。
 沖縄への著者の想いは、「はじめに」から始まり、「おわりに」まで途切れることがない。 

 私は沖縄が好きだ。
 なかでも、沖縄の心を感じさせてくれるオバアが大好きだ。
 その沖縄が持続できるかどうかが問われているのに、補助金で身動きができなくなっている。沖縄は今後も基地を必要とするのか、それともしないのか、今こそ県民は腹をくくつて覚悟を示すべきだろう。本書は、基地なき後のグランドデザインすら措けない沖縄への、私のいらだちであり、憤りでもある。

 とまあ、こんなご託を並べてみたところで、沖縄の何かが変わるというわけでもないことは百も承知のうえである。官は悪いとわかっていながらやめないように、民は無関心がよくないと言いつつ動かないように、世の流れに竿をさすことなどできないのだろう。もはや沖縄の本土化は宿命のようなものかもしれない。
 〇八年のアメリカ海兵隊による女子中学生暴行事件では、六〇〇〇人ほどの抗議集会が開かれただけで終わった。沖縄の変革エネルギーとなってきた怒りの毒気が抜かれてしまったのか。あの戦争の記憶が、世代を経るごとに薄まり、うまく継承できなくなっているのか。些細なことにように見えて、その事実は、やがてこの島が沖縄らしくない沖縄に変貌する予兆のように思えてならない。
 現在のオジイやオバアたちがこの世を去れば、沖縄の「心」も大きく変貌することだろう。粛々として沖縄が消え去るのも一興、本書はそのために墓標であってもいいと思っている。

 ぼくは本文を読む前に「おわりに」を読んで、まず、もし「墓標」というなら、それは沖縄がすべきことだと反撥が過ぎったが、思い余ってつい、という語り口を経たあとには、そう言いたい理由がよく伝わってきた。

 『幻想の島・沖縄』は、大和が見る沖縄に対し、それは幻想であると言っていた。『沖縄幻想』は、それに加えて、沖縄の見る大和も幻想であると言うのである。この両方の視線の交錯が、「沖縄vs大和」の構図を食い破らせているのだと思う。


 それにしても、沖縄という場は過剰に語らせて止まない。


    『沖縄幻想』

Okinawagensou

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