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2009/08/30

なし崩し的同一化ではなく

 さらっと通り過ぎれないので、『幻想の島・沖縄』で、躓いたところに触れておきたい。

 沖縄は独立国だった歴史を持つので、日本の中の特別な「ローカル」という自己認識があるのだと思います。しかし、日本のどこの地方も近代国家が形成される明治前までは沖縄と同様に別々の世界を持ち、その中で生きていたわけです。本土は陸続きとはいえ交通手段もなく、多くの人は自分の生まれ育った集落や藩からほとんど出ることもなく一生を終えたのでしょう。司馬遼太郎は「街道をゆく」シリーズの『沖縄・先島への道』 で、沖縄の独立論に理解を示しながらも「明治後、『日本』になってろくなことはなかったという論旨を進めてゆくと、じつは大阪人も東京人も、佐渡人も、長崎人も広島人もおなじになってしまう。ここ数年そのことを考えでみたが、圧倒的におなじになり、日本における近代国家とは何かという単一の問題になってしまうように思える」と書いています。

 沖縄は物理的に遠い独立した王国であったために、「日本に同化させられた」という意識が強いのは当然ですが、本土の各地方も多くの犠牲があって中央集権化させられた面があります。例えば、西郷隆盛ら旧薩摩藩士が政府に対し武力反乱を起こした、日本最後の内戦である西南戦争ひとつとっても、薩摩側と官軍側況方で1万3000人を超す死者を出しています。沖縄から見ると、本土46都道府県は 「沖縄以外」 で同じなのかもしれませんが、本土の地方都市はどこもアイデンティティーの崩壊を経験しています。本土側も好きで中央集権的な「日本」にまとまったわけではありません。

 奄美・沖縄言説のなかで原口虎雄と並んでぼくが多いに躓いたのは、この、司馬遼太郎の「じつは大阪人も東京人も、佐渡人も、長崎人も広島人もおなじ」という評言だった。

 それは、同じだろう。みんな色いろあるさ、押し並べていえば誰だって苦労してきた。それは、「おなじ」である。でも、それを奄美・沖縄に向かっていうときには、沖縄と奄美と薩摩の差異を無化し、他地域と同一化してみる必要があるわけだが、そう言えるのは、どの地域も等距離に見えるように視線を高度化しなければならない。遠くからみれば、明治近代の重石を背負ったという点で同一化されてしまう。

 しかし高度化した視線からでは、奄美・沖縄の困難は掬いあげることはできない。「沖縄は独立国だった」ことはそれだけでも重たい事実だが、その背景には、本土との時間と空間の距離が、本土の他地域とは段差があったということである。その段差は、いずれ「奄美・沖縄には古い日本が残っている」という視点を招くことになっただろう。そういう時間と空間の段差を見なければ、奄美・沖縄の困難に触れることはできない。

 みんな「同じ」と見なす視線からは、ぼくたちはぼくたちの歴史をすくい取ることができない。ぼくはそう思って、『奄美自立論』では「無限連鎖の差異化でもなく、なし崩し的同一化でもなく」と書いた。ある意味で、最も書きたかったのはそのことだった。


   『幻想の島・沖縄』

Gensounoshima

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