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2009/08/21

縁があれば世間も狭く

 学年が一つ違う高校の同校生が、日本語学校の校長先生をしているので、高田馬場で飲みながら日本語のレクチャーをしてもらった。仕事で必要性に迫られたテーマがあるからだったが、とかく目線が枝葉になりがちなので、もっと幹を捉える方法を知りたかった。

 で、主題を立てる/まとまりをつくる/つなぐ、などの視点で、高文脈依存と言われる日本語の文章を組み立て方を教えてもらい、すっきりしたし、そういう書物があればいいのにと思った。最近、文法や敬語の本を漁って気づいたのだが、日本人のために説明された本より、日本語を学ぶ外国人のために書かれた本の方がはるかに分かりやすかった。もっとも、『日本人の知らない日本語』は学んでいるより、笑っていることのほうが多かったのだが。この本にある類のエピソードは彼にも豊富にあって、生徒に飲みに誘われたとき断ると、「無念」と返されたそうだ。愉しい。この、日本語教育の領域は、いずれ逆輸入が起きるんじゃないかと思う。

 ブログを書いて以来、20年ぶり30年ぶりの再会に恵まれるようになった。それはブログのおかげということもあれば、そうしてもいいと思える歳月を積み重ねがあるということでもあるだろう。どちらにしても不思議で感慨深い。ところで彼との再会縁は、ブログではない。山手線である。30年近く経っての再会。青豆と天吾は強く望んでも20年ぶりほどの再会に苦労したけれど、ぼくたちは会えた。縁があれば世間も狭くなる、ということか。


『日本人の知らない日本語』

Nihongo

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