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2009/08/19

〈白〉幻想

 中村喬次の「ちんだみ随想」が懐かしいエピソードで愉しかった。<白>幻想である。

 沖縄人にしては色が白く大和人にしては色が黒い。ならばその中間色かというと、そうではない。白と黒の淡い、やや黒よりの白、と話はややこしい。とにかく、それが沖縄人の目に映る大島人らしい。僕にもいくつか覚えがある。「眉の濃いのと日はうちなあだが、色は確かに大島だな」と。亡くなった作家、森瑶子さんが最初、「オッ」、と少しおどけた調子で背を反らせ、「いかにも南島人、つて感じね」と笑った。南島人といって沖縄人と分けたところがみそである。
 誰が見ても典型的な「ウチナージラー」している友人のアナウンサー、上原直彦氏(昭和13年生まれ)が、地元紙に面白い話を書いている。
 彼によると、ヤマトゥージラー(本土人の色白さ)を、沖縄人はこう表現したというのだ。
 「ンーチクーガンーチャンねぇ(ゆで卵をむいたような色白)」。さらには「ゆで卵に目・鼻・ロを描いたよう」とも喩えたそうだ。言い得て妙とはこのことか。喩えは皮肉も嫌みでもなく、羨望を込めてそう言ったというのだから、なんだか切ない。
 島んちゅの色白コンプレックスは、ひところ猛威を振るっていた。稀に色白がいたりすると「大和人みたい」と呼ばれ、同性たちの熱い眼差しを浴びることになる。色白と美人は同義語であった。
 (白)の威力は絶大であった。復帰前、こんなジョークがささやかれたと聞く。
 「復帰したら何かいいことがあるかい」「大島にも雪が降るチ。女も色は白くなるチ」あえて「切ない」と書いたゆえんだ。(中村喬次「ちんだみ随想」「南海日日新聞」2009年8月7日)

 大島は奄美の意味になることもあるが、ここでいう「大島人」は奄美大島のことだと思う。与論人は黒い、からである。いや黒かったと言うべきか。そういえば、鹿児島に転校したとき、「こんな黒い人は見たことない」と言われた(笑)。その厚黒?の少年もところ変わればしばらくしてやや白い少年になった。

 自分が先に白くなったくせに、島に帰ったとき、めーらび(娘さん)のなかには色白の人がいるのに気づいてびっくりした。いったいどうやったら与論で白くいられるのだろう、と不思議だった。「色白と美人は同義語であった」信仰がきっとあったのですね。

「復帰したら何かいいことがあるかい」「大島にも雪が降るチ。女も色は白くなるチ」あえて「切ない」と書いたゆえんだ。

 「雪」への憧れは大和信仰とは別にしてもあった。正月には、海から砂浜を運んで(重かった!)庭にまいた。清めるということだったと思うが、子どもには、雪が降ったときの光景のようにわくわくした。でも、この文章はなんといっても、語尾の「チ」が懐かしいのである。ぼくも弟が生まれた日の日記(「きょう海からかえったらおかあさんが赤ちゃんをうんでいました。」)に、「だっこをしていたら三かいもおかあさんがつかれたちききにきて」と書いている(苦笑)。


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