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2009/07/19

知られざるアルキメデス

 風呂場で湯船につかったときに溢れるお湯を見て、体積を測るヒントを得て、ユーレイカ(この本では、ヘウレーカ)「わかったぞ」と叫んで裸身のまま街を駆け抜けたこと、敵の兵士を前に、幾何学の問題を解いていると説明して殺害された。そんなエピソードしか知らないといっていい歴史上の人物が『よみがえる天才アルキメデス』で、生き生きと蘇ってきた。

 アルキメデスが進化させたのは二重帰謬(きびゅう)法。円錐の体積が円柱の体積の3分の1であるということを、既知の角錐を内接させて円柱、円錐に近づけながら、円錐の体積が円柱の体積の3分の1より大きい場合も、小さい場合も、矛盾することを示して証明する。内側からと外側からと二重に矛盾を明らかにして、真を導く方法だ。

 こでは極限という概念が数学上まだ存在していない段階で多いに威力を発揮するが、二重帰謬法が困難に見えるのは、2回矛盾を指摘することと見えがちだが、それは慣れてしまえばルーチンである。真の困難は、体積を求めたい未知の立体に対して、それに内接、外接する既知の立体を簡潔に関係づけることにある、と著者の斎藤は解説している。
 
 そしてこの方法論でぶつかるアルキメデスの困難は、彼の時代、幾何学を代数学に還元する観点がないため、代数的に処理すれば立ちどころに解けるものについて、あくまで幾何学としてアプローチして、代数的に処理するまのでに多くの段階を踏まなければならなかったことにあった。

 一言で言えば,アルキメデスは幾何学をしていたのに,我々は代数学によってそれを解釈しているのです.上で見てきたように,我々にとって次の3つの和はどれも同じ和の公式から計算でき,本質的に同じ計算です.

・平方数の和1+4+9+…
・辺が等差列をなす正方形の面積の和α2+(2α)2+(3α)2+…
・回転楕円体(の半分)の外接立体(小円柱の和)の体積

 これらの和を数式で書いてしまうと,上の3種類の和が本質的に同じ問題であることがすぐに分かります.これは,我々が用いる代数的記号法が,整数と正方形と円柱という異なる対象からそれらに共通する量的関係を抽出して表現してくれるからです.
 しかし,アルキメデスにとって最初の計算は平方数の和という整数の問題であり,次は正方形の面積の和です.そして最後は円柱の体積の和であって,平方数の和とも,正方形の和とも違う問題なのです.彼の対象はあくまで正方形や円柱という具体的な図形なのです.これが,アルキメデスは幾何学をしているのであって,代数学をしているのではないということの意味です.それらの図形の大きさの間に一定の比例関係があることをうまく利用して,円柱の和の問題を正方形の和の問題に帰着させているのですが,そのためにアルキメデスは非常な苦労をしたわけです.

 しかしここから先にドラマがあった。アルキメデスの著作が20世紀になって発見されたのだ。研究者の間でC写本と呼ばれている本は、1906年に、アルキメデスの『方法』という著作であると分かるのだが、第一次世界大戦後、行方不明に。おそらくは盗まれたであろう一葉が慰みのように1971年に発見されるのも本体は不明。それが1998年にオークションに出品されて、ようやく日の目を見ることになり、痛んだ写本は現代科学の助けを借りて解読がなされる。そうして『方法』は姿を現す。書かれてから実に2200余年後のことである。

 アルキメデスはここで、仮想の天秤を構想して、回転放物体の体積が円柱の体積の半分になることを見事に導く。しかしそこでアルキメデスは、回転放物体の無限個の切り口の円を一要素として抽出してそれを根拠にするが、それは有限をもとに無限を導くようにみえるわけで、深淵をやすやすと跨いでいるようにみえなくない。

 アルキメデスはこれについて突っ込んで議論していません.彼は円柱や回転放物体といった立体が,切り口の円によって「満たされる」ということを述べるだけです.

 しかしアルキメデスのこの展開は重要だった。ここで、彼は図形から量的なものへの関心の移行を示しており、それは近代数学の手前まで歩みを進めたことを意味するものだった。

◇◆◇

 ぼくはこの本を読んで、さまざまな連想が膨らんでいった。たとえば、ぼくたちは一方で西洋哲学や思想の限界を、その起源がギリシア哲学・思想以前に遡れないことに根拠を求めるときがある。身近なところに例をとっても、奄美ならやすやすとギリシア以前にさかのぼれるし、むしろギリシア以前をふんだんに持っている。それを論理として持っているわけではないが、身体と人間と自然の関係として持つものだ。その豊穣さを見つけ出そうという関心を持つが、しかし、改めてギリシアの思考を追うと、その論理的な蓄積に圧倒される。これには及びがたいという圧倒感だ。

 それは論理の展開なのだが、しかし一方、それは圧倒的に個人によって人間的に担われているのにも目を見張る。斎藤も、

 歴史に「もし」はないということは承知のうえで,もしアルキメデスの『方法』が20世紀でなく16世紀に再発見されていたら,微分法の発見や関数という概念の成立はもっと早まっていたのではないか,ついそんなことを想像してしまいます.

 と漏らすように。

 そしてここからもうひとつ、アルキメデスが20世紀に近い思考の射程を持ったということを強引に言いかえると、初源には世界はその全てを垣間見せるということである。彼は幾何学という世界からスタートしているが、そのなかで近代数学に通じるまでの射程を持つ法則を見出していった。それは彼が幾何学の初源という立ち位置の力でもあったのではないか。初源という立ち位置を得て、その梃で、数学の世界を作ったのである。

 ぼくは1996年にeメールのマーケティングに携わったとき、色んな法則がそこで姿を現すのに驚いた。そしてそれは現在でも生きていることを考えると、それも初源という立ち位置の力ではないかと思えてくる。ささやかなことだが、アルキメデスから受け取る励ましだ。

 『よみがえる天才アルキメデス』を経て、数学は、公式の美にとかく目を奪われがちだが、そこには極めて人間的な個人的な営みが背景にあることを、冒険のように知ることができた。


  『よみがえる天才アルキメデス―無限との闘い』

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コメント

お久しぶりです。
「よみがえる天才アルキメデス」を図書館で借りてきました。
ついでに「解読!アルキメデス写本」(光文社)も。
20数年前にシラクサに行ったとき、ここでアルキメデスが住み、殺されたのかと感慨深いものがありました。
いよいよ明日が皆既日食。
沢尻エリカも奄美入りして盛り上がっているようで。
巨大ハブも出てきました。
http://blog.goo.ne.jp/gooeichan/e/f0717744add6232bac9ee99dd99083bf

七島灘あたりはレジャーボートで混雑するんでしょうね。
http://blog.goo.ne.jp/gooeichan/e/982ed73b88c59616bfd2614b50169257

投稿: kayano | 2009/07/20 16:03

kayanoさん

シラクサにいらしたことがあるんですか。その場を共有するのってすごいですね。本の迫力も違ってきそうです。「よみがえる天才アルキメデス」、読み応えありますよ。

皆既日食、晴れてほしいですね。

投稿: 喜山 | 2009/07/21 07:32

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