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2009/06/11

「奄美にとって1609以後の核心とは何か」ver.3

 6月20日の「奄美を語る会」のレジュメのバージョンを更新。ほぼ、これで行くつもりだ。

 鹿児島で人前で話しをすることがあるなんて、夢にも思ってなかった。でも、鹿児島で奄美のことを話すのは、とても理に叶っていると思う。まさに、そこでこそ、奄美は現出しなければならないからだ。考えてみれば、ある意味で400年イベントをやる場として最もふさわしいのは鹿児島ではないだろうか。もっと言えば、ほんとうは鹿児島にいる奄美の人が発言するのが、ぼくなどよりはるかに重要に違いない。先日、徳之島出身の考古学の方に、霧島市で展示をやる計画はあるとお聞きした。ぼくは、語るべき主役ではないが、鹿児島を通過した者として、奄美の発語のひとつをかの地に記そうと思う。


◆「奄美にとって1609以後の核心とは何か」レジュメ


◇1.根源としての「隠された直接支配地」

・ぼくの鹿児島体験
 -親切なのに、息苦しい

・生き難さの構造としての二重の疎外
 -「奄美は沖縄ではない、鹿児島でもない」

・県としての鹿児島への態度
 -「唯一の復しゅうの方法は、彼らよりも楽しく生きることだと思う。」村上龍

・何も終わっていない、何も変わっていない
 -「窓口を一本化」「当該自治体に六割を分配し、県が四割を受け取る」
「ふるさと納税」報道。知事伊藤

・二重の疎外の起源
 -「奄美は琉球ではない、大和でもない」(「大島置目之条々」と「大島御規模帳」)

・二重の疎外とその隠蔽
 -「慶長より琉球を離れ吾に内附せしは内證のこと」「租税問答」

・二重の疎外の構造化と漂着時の露見
 -「月代を剃り、日本人の姿に仕立て、登世村を村右衛門、島森を島右衛門と名付け置き申し候」「薩州人唐国漂流記」マリオネット化

・存在しないかのような存在としての奄美
 -「奄美の人々は、長いあいだ自分たちの島が値打ちのない島だと思いこむことになれてきた」島尾敏雄
 -「ぼかし」「付録」「この年を契機に、奄美諸島はその姿を南海上に没するのである」山下欣一
 -「沖縄の人たちに琉球侵攻を心からお詫びし、政治家として罪を償わなければならないと考えてきたのである」山中貞則


◇2.奄美を出現させる。鹿児島を開く。

・維新止まり1-他者の不在
 -「日本人の中で最も尊敬され、そして人気のある歴史上の人物は誰かと問われると、ほとんどの人が西郷隆盛と答えるだろう。」『薩摩のキセキ』
 -「日本人にとって、おそらく最大にして永遠の歴史ドラマは、「明治維新」ではないかと思います。」原口泉
 -「第二次戊辰戦争」知事伊藤(「ふるさと納税」を形容して)

・維新止まり2-個の不在
 -「議を言うな」

・維新止まりは、奄美の失語と相互規定的ではないだろうか。

・薩摩は何をしたのか
 -同一性からの切断と差異の無視

・強者の論理
 -加害を感謝の要求にすり替え、その内実を不問に伏す。
 「もし征琉の役がなかったら、琉球は中国の領土として、その後の世界史の進展のなかでは、大いにちがった運命にさらされたであろうと思われる」原口虎雄

・その陰画としての屈服の論理
 -被害を感謝し、その内実を不問に伏す。

・強者の論理の解体へ-奄美の現出。鹿児島を開く。
 -北の七島灘を浮上させ、南の県境を越境せよ。
  「薩摩の黒」と「奄美の黒い輝き」原口泉
  「もう一つの郷土史 マイノリティの視線」山之内勉
  「黒糖と明治維新」大江修造

・「知ったところで今更どうしようもない。知らないなら知らない方が悩まずに済む」という若い世代の声にどう応えるか

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