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2009/06/26

「実感するのは難しいが事実だけは胸に刻みたい」

 書店直販の版元として名高いトランスビューの工藤さんが、「いける本 いけない本」(2009夏10)に、「いける本」として書評を書いてくださっていた。

○喜山荘一『奄美自立論-四百年の失語を越えて-』(南方新社)

 琉球からも大和からも疎外され、同化と異化を同時に強いられた奄美の歴史を、資料を読み解きつつ明らかにする。与論出身の著者が自らのために記したともいえる、つまりは渾身の一冊。薩摩の琉球侵略から四百年、実感するのは難しいが事実だけは胸に刻みたい。溢れる郷土愛を育んだシマを羨ましくも思う。

 そうそう、その通りの141文字。圧縮簡潔。感謝。

 「自らのために記したともいえる」。そう、その通り。ぼくのために書いた。この本への批判と読みとった文章の、その批判のありように、「きみにこれを書かざるをえない切実さがわかるか」と、ゆうべ呟いたばかりだった。

 「実感するのは難しいが事実だけは胸に刻みたい」。そう、そうだよね。正直な述懐はむしろありがたい。どうしたら、この、所在定まらない、いつも言葉を飲み込んでいるような感じを伝えることができるだろう。もっとも身近な人にさえ言葉を届かせるのは難しい。シンパシーを感じてくれる友人が、邪気なく「シマ」を劣位のキーワードとして使うとき、言葉を失う。それが傷つけると、言えない。ただ、悲しくなる。でも、それはもはや彼ら彼女らの責任ではない。歴史が醸成した共同幻想を解体するしかないのだ。それに、こういう自分が他者の痛みに配慮を行き届かせているかは、かなり覚束ない。ぼくは、ぼくの表現を深める努力を続けようと思う。

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